2008年01月05日

宇宙船サジタリウス号

「宇宙船サジタリウス」って覚えてますか〜?

子供のころにやっていてアニメなのですが、今考えてもとっても
オリジナリティのある番組でした。

主人公たちは、宇宙輸送の中小企業「宇宙便利舎」のサラリーマン
中古貨物宇宙船サジタリウス号のパイロット、というSF設定。

通常、アニメの主人公といえば、かっこいいかかわいいか、
いずれかと思うのですが、この番組の主人公たちは冴えないキャラで
生活臭いっぱい(笑)。途中で「宇宙便利舎」は倒産の憂き目に
あったりもします。

でも、なりゆきで困っている人たちのために闘ったり、人間として
大切なことを考えさせられたり、といった30分とは思えないような
よくできた内容なんですよ〜。

たぶん作り手の人たちはきっと楽しんで作っていたんだろうなぁって
思います。

懐かしい!!と思った人は、ぜひ主題歌をご一緒に〜(YouTube

どこから見〜てもスーパーマンじゃない♪
スペースオペラの主役になれない♪
危機一髪も救えない♪
ご期待どおりにあらわれな〜い♪
(歌:アニソンプリンス・影山ヒロノブ)



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2007年12月31日

すべてが愛しく思える大晦日

大晦日です。

「ごみ忘年会」も無事に終え(笑)、
ゆったり大みそか。

今年もまた、想像もつかないような一年だったなぁ。。。

去年の今頃は、講師のためのイベントをやろうとは夢にも
思っておらず。。。

アルノと一緒に暮らせることがこんなにも幸せなことだと
気づいておらず。。。

コズが社員になることも、実甫ちゃん(来年4月から新卒で
入社してくれます★)と出会うことも。

一方で、香織と宏美がいつも私を支え続けてくれることは
ほんとに変わらないことだ。

変わったことも。
変わらないことも。

すべてが愛しく思える大晦日。



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2007年10月16日

あえて捉われまくってみる

「後悔」の気持ちを味わってわかったこと。

それは、「今からどうにもできないことを考える」のが後悔だと
するならば、「考えてもどうにもならないのが後悔だ」という
ことです。

考えてもどうにもならないけど、心が捉われてしまうという
状態なので、対応策はたぶんみっつ。

1)その出来事の意味付けを前向きに変える
2)他の行動をとることで、忘れる
3)いっそ捉われまくって、「もういいや」となるまでつきあう

わたしの中で普段起きがちなのは、1)で、自動的に前向きな
意味付けに変換してしまう。でも、今回はどうもいろんなことが
重なっているせいかそれが起きづらい状態になっています。

2)のほかの行動をとることで忘れる、というのは、実際に
そうなっているときもかなりあるのですが、なんだか本質的な
解決という感じがしません。

つまり、この問題から学べることや、今からできることが
まだまだあると、どこかで感じているのでしょう。

そして、3)のあえて「捉われまくってみる」というのが、
今回は妙にしっくりきて、試しに捉われてみるか・・・という
感じで挑戦しています。

結果として、自分が変わるべきこと、変えたいところ、が
すごく具体的にイメージできるようになりました。

うん。



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2007年10月15日

こ、これが・・・後悔!

自分の中で、ここ最近もやもやしていることがある。

ずっとその正体がなんなのか?ということを考えていたのだけれど、
ようやくわかった。

わたし、後悔してる!

こ、これが・・・!

後悔?!

これが「後悔」という気持ちなんだということがわからなかった。
「後悔してる自分」を認めたくなかったのかもしれません。

でも、考えれば、考えるほど後悔です。

今からどうにもできないことについて、
心が捉われている状態。

普段は、スッパリ切り離して、整理できるのですが、
なにかこだわりから抜け出せない。

しばらく「後悔」の気持ちを味わってみます。



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2007年10月06日

ハハが還暦

ハハが還暦を迎えました。

なんだか、びっくりです。

「還暦」っていうと、赤いちゃんちゃんこのおじいちゃん、
おばあちゃん、というイメージですが、現代の60歳はまったく
その気配すらありません。

なんにせよ、元気で60歳を迎えてくれた、というただそれだけで
すばらしいことだとつくづく思いました。

生きていてくれて、ほんとうにありがとう。
言葉では言い尽くせません。

これからは、もっともっと自分のことを第一に、好奇心のままに
突き進んでもらいたいなと思います。

・・・って、むしろ親みたいなコメントですな。



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2007年08月26日

悪意なく誰かを傷つけること

わたしは若いころ(?)ずいぶん「悪気はないけど人を傷つけること」
をしてきたと思う。

一言でいえば、想像力の欠如。
誰かが感じる気持ちのことより、自分の楽しさを優先した結果。

そして、「悪気がないから悪くない」と思っていたと思う。

人から責められても、「そんなつもりはなかった」って。
平気で言えるような人間だった。
「謝ればすむ」と心のどこかで思っていた。

今なら、わかる。

悪気がなくたって、人を傷つけたらそれは罪だ。
謝ったからといって、消えることのない罪だ。

今の私にできることは、忘れないこと。
自分の罪を、永遠に忘れないこと。



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2007年08月22日

それぞれにプロであること

最近、立て続けに前職の同期と会う機会がありました。
いずれもお仕事です。

ひとりは、元の会社にいて、もうひとりは独立して別の仕事を
しているのですが、ふたりともすごくかっこよかった。

当たり前なのですが、社会人になってから7年が経ち、
それぞれの分野で経験を積んで。

プロだなぁと思える仕事をしている。

歩む道は違うけれど、真剣に、でも自然体で。

こうして、誇りに思える仲間がいるって素敵なことだ。

わたしも。
みんなにとって誇りに思える仲間でありたい。



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2007年07月20日

新しい教科書をもらう日

突然、小学校のころのことを思い出した。

なぜか、新しい教科書をもらう日のこと。

一挙に全教科の真新しい教科書が配られる。
あの新しい教科書のにおい、覚えていますか?

アレを、久しくかいではいないけれど、ありありと思い出せる!
という人はわたしだけではないでしょう。

それにしても、わたしは、国語の教科書が大好きだった。
配られた日に、とりあえず完全読破。

ちなみに、「新しい国語」だったな。東京書籍。
どんだけ新しいのかはナゾですが。

覚えている話と言えば、やっぱし「おおきなかぶ」。
うんとこしょどっこいしょ!ってなもんで。
ちなみにあれはロシア民話なんです。

それから、宮沢賢治の「注文の多い料理店」
個人的に賢治はこれ以外の作品のほうが好きですけれど。

なんだか、もう一回読みたくなってきたなぁ・・・。
大人になってから読むと、その美しさに感じ入ってしまうかも。



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2007年05月16日

ちょっとしたことでも、うれしい

父が亡くなってから今日でまる13年です。

改めて考えてみると。

自分が生きてきた年数の中で、
父と一緒だった時間はほぼ17年。

ということは、父と一緒だった時間のほうが、
いなくなってからよりまだ長い
ということに気がついた。

おお、これは意外!

ずいぶん昔に会えない人になってしまったように
思っていたけれど、一緒にいた時間のほうが長いなんて。

こんなちょっとしたことを、
うれしく思う自分がいる。



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2007年05月13日

ハハの日

今日はハハの日でした。

家族で集まったのですが、集まると改めていかに家族という存在が
特別かということがわかります。

ちなみに、この日は弟が、ハハに向かって、
「お母さんの育て方で、『これはよくなかった』ってことは
 ひとつもなかったよね」

というコメントをしていて、感動してしまった。

家族って、すごい。



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2007年04月17日

ブラックスバーグの思い出

ヴァージニア工科大学でおきた銃撃事件。

ほんとうに、信じられない。

あのキャンパスに何度も足を運んだことがあるのだ。
わたしにとっては、思い出の場所。

学生と先生しかいないような町で、
四季の自然が美しく、
小さなダウンタウンには見知った顔しかいない。

「ブラックスバーグ」なんて、
アメリカ人に言ったって知らない人ばかりだったのに。

どうして、あんなことが。

ここなら安全、と子供を送り出したご遺族の方の気持ちは
いかばかりだろう。

この世に安全な場所なんかない。

でも、どうしてこんなことになる前に、銃撃を起こした
たったひとりの学生を誰も救ってあげられなかったのだろう。



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2007年04月16日

だれにも必要とされていないわたし

もともとひとりでいるのも苦にならないし、誰かといるのも楽しめる
タイプの人間だと思っていたのですが、自分にとってひとりの時間が
あまりにも必須だということに気づきました。

ひとりになったからといって、特別なことをするわけではありません。

でも、ふらーーーっと寄り道したり、
自分の食べたいものを好きなだけ食べたり(主にいくら)、
本屋で時間を忘れるほど立ち読みに没頭したり。

そういうのが、とても大事。

より深く見ていくと、これらの行為そのものが大切というよりも、
「だれにも必要とされていないわたし」
が必要な感じがする。

わたしが、ただわたしのためだけに存在できる時間。



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2007年02月11日

あなたはひとりじゃない

「理想の自分誕生クリニック」でメンターをやってくださっていた
メンバーが、三期の参加者に向けてカードを渡していました。

それだけでも、めちゃめちゃ感動するくらい素敵なのですが、
その中でいいなぁという言葉に出会いました。

| 淋しさを抱きしめたら強さになりました。
| 悲しみを暖めたら優しさになりました。
| 何度も転んでは立ち上がり
| 一人ではないことに気がつきました。

ちょっと調べたところ、澤田直美さんという方の作品のようです。

今、淋しさを感じているすべての人に。
今、悲しさを抱えているすべての人に。

あなたはひとりじゃない。



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2006年10月02日

頭の隙間。

人間がモノを考えるためには、「頭の隙間」が必要らしい。

頭の隙間。
いつも詰まっているたくさんのいろいろをちょっとだけ横において。

違う場所だったり、
違う人だったり、
違う時間の流れだったり。

とにかく、いつもと違うなにかに取り巻かれることによって、
頭の隙間を作り出す。

そんな頭の隙間から、
アイディアや、
気づきや、
不思議なパワーが湧き上がる。

なんでもない風景を見て、
感動で涙が止まらない。

そういう日が、あってもいい。



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2006年09月29日

必要としていた気持ち

大切な人が元気だと、それだけで元気になる。
毎日が楽しくなるし、不安がなくなる。

それは、髪の毛を切ったときに、その思わぬ軽さに驚いてしまうような。
そうなってみて、初めてわかるようなこと。

支えたいとか。
強くありたいとか。

それまで必要としていた気持ちが、
いつの間にか必要でなくなっている。

「大人になりたい」という気持ちが、
誰の心からもいつの間にかなくなっているように。

人は、必要なときに、必要なことを感じ、
必要なくなったときに、その気持ちから開放されるものらしい。



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2006年09月04日

怖いもの見たさの「もしも」

わたしはよく「もしも」を考える。

それは、将来に対する不安の「もしも」ではなくて、
自分がまったく別のものだったら?という「もしも」の連なり。

たとえば、もし自分がブラジルの貧しい貧しい場所で生まれていたら?
教育も受けず、暴力に囲まれ、見捨てられたように育っていたら?

何かをしたい、という気力を持つことがあっただろうか?

たとえば、もし自分が戦時中の日本にいたら?
天皇は神であり、国のために死ぬことが美しいと教えられていたら?

果たして、平和に一片でも価値を見出していただろうか?

たとえば、もし自分がネルソン・マンデラ氏みたいに、
自分の思想を守るために何十年も投獄されていたら?

それでもなお、正しいことを正しいと言えただろうか?

そんなふうに。つくづく、考える。

・・・いったい、なぜだろうか?
なぜ、わたしはそんな「もしも」を考えてしまうのだろう?

答えは簡単だ。

わたしは、今の自分が、「誰かのために」なんて自然と考えるのは、
極めて恵まれた環境の連続がなしたものであって、そもそもの人間
としての自分は弱くて、ずるくて、臆病であることを知っているからだ。

だから。
怖いのだ。

そして、「もしも」を考えることは、世に言う「怖いもの見たさ」
みたいなもので、自分自身のほんとうの姿をわずかでも垣間見たい
がためにやっていることなのだろうと思う。

環境に左右されない、
ただひとつの自分なんてものは果たして存在するのだろうか?



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2006年08月14日

何もしてあげられないことは、辛すぎる

何もしてあげられないことは、辛すぎる。

わたしは、いつも、どんな状況でも。
「今、自分になにができるだろうか?」
そんな風に問いかけ続けて生きてきたように思う。

どんなに先が見えなくても、
どんなに不安な思いにとらわれても。

自分自身の苦しさなど、必ずなんとかできるものだ。
そんなのは、たいしたものではなかった。

でも、今、目の前に苦しんでいる人がいるのに、
自分になにをしてあげられるのかわからない。

なにがほんとうにその人のためになるのかがわからない。
本人すら、わかっていない。

そんな状況を目の前にしている。

苦しんでいる姿を見て。
それでも、何もしてあげられないのは、なにより辛い。

心が、痛む。



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2006年07月24日

生きて、生きて、生きまくるぞー!

ちょっと心が休息を必要としていたので、
自分を大切にする一日をつくりました。

朝から、自分の心の声に従って、自分が心からやりたいなと思える
ことだけをやる。それは、部屋の簡単な掃除だったり、友達への
たわいない連絡だったり、大好きな食べ物を食べることだったり、
ほんとうにささいなことの積み重ね。

そして、ひととおり実施して、一日の終わりにやりたくなった
ことは、読書。

実は、心が疲れたときに、わたしはひたすら本を読みます。
それも、多くはガン患者の闘病記。

命の砂時計が見えてしまった人たちの言葉は、
いつでもわたしを正気にさせてくれる。

その中でも、今日はこの言葉に一番心臓を射抜かれました。

「がんばれば、幸せになれるよ」という小児がんと闘った
9歳の息子が遺した言葉をその母親がまとめた本から。





「生きて、生きて、生きまくるぞー!」





この子の一言に、なぜか涙があふれて止まりませんでした。

「病気の人に比べて自分は恵まれているのだから」と
そんな風に考えるつもりは毛頭ない。

むしろ、ただただ、限りない勇気をもらったのだ。

生命のほんとうの底力を目の当たりにして。
人間の持ちうる希望の大きさを感じて。



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2006年06月20日

凹。

珍しく。

なんていうか、いろいろ。

思うようにいかないことすべてに。

凹。

でも、結局は、人にこうなってもらいたい、とか、
こういう風に扱って欲しい、とか、
他人への期待からすべては生まれ出ているような気がする。

わたしは、わりと他人に多くを求めないほうだと思っていたけど、
実はそうでもないのかな、とか。

他人に求めないことと、期待しないことの違いはなんだろう、とか。

期待しないということは可能性を信じることができていないという
こと同義なのか、とか。

いろいろが、ぐるぐるだ。

・・・。

なんかまとまってきたぞ。

「人に求める」というのは、
自分に対してのアクションを求めていて。

「人に期待する」というのは、
その人のあらゆるアクションを期待している。

ということなのかもしれない。

だから。

人から求められるのは苦しくなるけど、
人から期待されるのはうれしい。



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2006年05月13日

温かい記憶

ベーテ・ゾーンマーフェルト・コンジェクチャーを
非ユークリッド空間に一般化する。

・・・実の弟の言葉を聞きながら、
日本語にもたくさんの種類の言葉があるんだなぁ ( ゚Д゚)ウヒョー
と実感している須子はるかです。

今日は、父の命日を前にお墓参り。

小雨降るなかでしたが、家族・親戚とともに行ってきました。

この石の下に壺に入った骨があり、それがかつて父であった・・・
という現実離れした事実をいまだに完全に理解しきれている
気がしません。

ときどき、あれはすべて幻だったのではないか・・・?と
思ってしまうほど、ふわふわして、柔らかくて、温かい父との記憶。

わたしもいつか、
誰かにとってそんな存在になるのでしょうか。



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2006年03月31日

ソウルフードはいかが?

今日は、秘密プロジェクトを実行いたしました!

2週間くらい前に、松村と助手ヒロミに心を込めて招待状を送り、
今日がお食事会の決行日★

松村オススメのレストランを予約していたのですが、、
もうちょっとお洒落をしてくるべきだったかとやや不安になるくらい
夜景の素敵な場所でした。

おいしいご飯を食べて、
リラックスして楽しむだけで、
とっても幸せな気分。

そして、いよいよメインイベント ^^

それぞれ、ふたつのリストを持ってきてもらったんです。
「●●してくれたらうれしいな」リスト
  いつもは言えなかったけど、ほんとうはこうして欲しいのにな、
  こういうのはやめてほしいな、という事柄を伝えるために。
「●●してくれてありがとう」リスト
  日頃の感謝を言葉にするために。
のふたつです。

これを、
・私→松村、助手ヒロミ
・松村→私、助手ヒロミ
・助手ヒロミ→私、松村
というように、それぞれ準備。


お互いに読みあったのですが、
ううっ、ほんとうに素敵でした。
心がじわっとあたたかくなって、涙があふれました。

どんなに近くにいても、
やっぱり言葉にしないと伝わらないことってたくさんある。

ソウルフード(魂のご馳走)を与え合う一夜。



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2006年01月14日

もっとも幸せで残酷な瞬間

高校のときの友人が結婚式に呼んでくれました。

はじめてみる三々九度。

この友人は、高校のときから熱血バスケ少女、大学ではアメフト部の
トレーナーだったのですが、システムコンサル屋さんになってからも
体育会系。「プロジェクトが終わるまでは結婚しません!」と言って
周囲を青くさせたとか(笑)。中学校まで北京にいたため、今では
北京でも仕事をしているというグローバルな女性でもあります。

いやー、なんていうかね。
感動しましたさー!!

まず、あんなに男前な彼女が、かわいいんだなぁ。
旦那さんになった男性が、また愛嬌があって愛されキャラ。

うわ〜、お互い、すごい大好きなんだなぁ〜〜っていうのが
あらゆる瞬間に伝わってきて、ものすごく幸せな気分になりました。

そして、親御さん。
とっても素敵なご両親を持つ彼女なのですが、
自分の娘が嫁に行くというのはいったいどんな気分なのか。

人の結婚式を見るたびに、いつも感じてしまうのは決まってこのこと。
考えなくてもいいのに、どうしても考えてしまうこと。

「お母さん、わたしが結婚するとき、どんな気分になるだろう」って。

絶対に、お父さんに見せたいって思うに決まってる。
・・・それだけは絶対に叶わないのに。
たとえどんなに望んでも。

・・・ああ、そういうことだ。


最愛の人を亡くすというのは。

この世で生きるあらゆる喜びを、
これから訪れるすべての希望を、
もはや分かち合うことができないということだ。

それは、もっとも自分が幸せな瞬間に。
もっとも残酷な瞬間が訪れるということに他ならない。

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2005年12月08日

幸せになってほしい。

大切な人たちに幸せになってもらいたいと思う。

強く。深く。

そして、そんな想いが強くなればなるほどに、
ひとつの矛盾にぶつかってしまい、わたしは戸惑う。

それは、わたしを幸せにできるのはわたしだけであるのと同じように、
大切な誰かを幸せにできるのは、やはりその人だけなのだという真実。

自分が幸せかどうかなんて、自分にしか決められない。
誰かに決めてもらいたくても、自分に嘘はつけないから。

それでも。

もし、わたしにできることがあるとしたら。
大切な人たちが幸せを味わうための下ごしらえをすること。

「幸せ」を感じることができるのは、あなただけだから。

幸せに。幸せに。幸せになってほしいのです。

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2005年12月05日

ヴェトナムの心

革命博物館へ行ってきました。

みなさんはヴェトナムの歴史、ご存知でしょうか?
わたしは、この博物館へ行ってはじめてひとつながりの歴史として
認識することになりました。

簡略に書いてしまうと、紀元前111年から、1千年間のあいだ中国に
支配され、その後も元による進行、フランスによる統治、日本軍と続き
1945年の独立宣言までの長い間、支配とそこから逃れるための戦争の
繰り返し。さらに、周知のごとくその後ヴェトナム戦争へと突入して
いき、1975年4月30日北ベトナム軍のサイゴン占領によりベトナム戦争
が終了するまで、泥沼の戦いが続きました。

写真や文書が所狭しと並べられた博物館の中には、
静かな気迫と殺気が漂う。

それは、自らの自立を、解放を、
千年単位で求め続けなければならなかった人々の声にならない声。

もしも。

わたしがその時代、その場所に生まれていたらどう生きたろうか。
なにを大切にして、なにを感じ、なんのために生きただろう。

それは、仮定でしかありえない議論かもしれないけれど、
そんなふうなことをふと考えてみることは、
人としてとても大切な時間であるような気がするのです。

神様が人間に授けてくれた「想像力」には、
たぶん意味があるはずだから。

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2005年11月30日

自分の感情が動くとき

わたしがブログセミナーでいつも必ずお伝えすることがあります。

それは、
「自分の感情が動かないときに人の心を動かすことはできない」
ということ。

とても簡単な法則だけれど、たしかな真実が含まれている。

それを最近また実感しました。

自分自身の感情が動くさまを切り取るということは、
簡単なことではありません。

自分の小ささを見せつけられ、それに対してどんな評価を得るのか
わからないままに情報として発信する。
慣れないうちはたいへん抵抗のあることでもあります。

それでも、自分の感情が変化するプロセスや、
それにともなって学ぶ道のりをたどることは、
臨場感を生み、共感をはぐくむ。

リアルの世界であっても、ヴァーチャルの世界であっても。
人と人が真剣に関わる瞬間を生み出すことを大切にしたい。

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2005年10月26日

わたしは、何もわかっていない

わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。
わたしは、何もわかっていない。


何もわかっていないということを、
何度こうして自分に言い聞かせればいいのだろうか。

自己満足に陥ることはこんなにも簡単で、
とろけるように甘美だ。

自分を愛してくれる人たちが周りにたくさんいることは、
ときにその目を曇らせる。

自己否定はいけないことだという価値観があるけれど、
果たしてほんとうにそうだろうか?

限りなく前向きであるということが、
問題の本質から自分を遠ざけてはいないだろうか?

わたしは、たぶん、何もわかっていない。

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2005年10月17日

生かされているわたし

このところ久しぶりに気持ちがとてもざわついていた。

案の定。

起こる起こる、不思議な不運の連続。

・待ち合わせをした人が30分遅れてくる。しかも雨
・調整している日程がやたらとあわない
・連絡をとりたい人とすれ違う
などなど。

うっかりしていると。

身体の毛穴という毛穴から、
ずぶずぶと黒い砂鉄が進入してくる。
だんだん重くなってきた身体が、悲鳴をあげる。

不安。
迷い。
妬み。
悔しさ。
悲しみ。

砂鉄が溶け出した黒い液体が、
体をひたひたと満たしていく。
声にならない声が喉元までせりあがる。





こういうときに。
なにより忘れてはいけないのは「感謝の心」

生かされているわたし。

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2005年10月13日

赦しを得ることができる瞬間

「ハッピーバースデー」という本を読んだ。

母親に無視され、うとまれて育ってきた少女が、
心や感情を開放していく物語。

子供を嫌悪してきた母親が、
痛みを伴いながら気づきを得ていく物語。

そして、彼らをとりまく家族や愛の物語。

読んでいく中で、何度も涙を流しながら。
ふと。

わたしは。
ほんとうの意味でこの少女の気持ちを理解することは
できないのではないかと思ってぞっとした。

愛を燦燦と受けて育ってきた子供に、
愛に飢える子供の気持ちが果たしてどこまでわかるのか?

「共感する」とはどういうことだろうか?

それは同情とは違うなにか。

同じ感情を持ち得ないひとりひとりだからこそ。

「共に感じる」ことに近づこうとしているその瞬間だけが、
赦しを得ることができる唯一の時間なのかもしれない。

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2005年07月07日

なぜ七夕の日にこんなことが

なぜ七夕の日にこんなことが起きてしまうのだろう。
ロンドンの爆破テロ。

無差別であることへ対する憤り。
いつでもどこでも起こりうるという恐怖。

そして、なにより。

イラクやパレスチナでは、こんなことは日常茶飯事なのだという真実。
もう何年も当たり前のように、こんな風に身の回りで爆発が起きたり、
人が死んだりが繰り返されている。

自分の、そして大切な誰かの命が脅かされるということが。
当たり前すぎて日常になってしまうほどに。

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2005年05月25日

ダイアナに会いたい。

六本木ヒルズのカフェで座っていたら。
隣にアジア系の若い女の子がふたり。

耳に流れ込む完璧なアメリカンイングリッシュに感じてしまいました。
大学にいたときにみんながしゃべってたみたいな表現で、発音で、
なんだかものすごく懐かしい。。

東海岸出身のひとたちなのかなぁ・・・なんて考えながら、大学時代の親友
ダイアナのことを思い出しました。インドネシア人でほぼカンペキな
アメリカ英語を話す彼女のことを。

ダイアナは、大きく黒目がちな目と上品でスレンダーな体をもって
います。私と同じく情報処理を専攻していたのですが、授業はことごとく
完璧にこなします。父親は外交官で、当時のアルゼンチン大使。さらに
言えば、自分に誇りをもちながらもユーモアのセンスや謙虚な姿勢も
持ち合わせているという・・・。

ほんとうに神がニ物どころか三物も四物も与えたような女性。

そんな彼女と私は、授業柄、存在が珍しい女生徒のふたりであり、
なおかつお互いを信頼できるベースを持っていました。プライベート
では一緒にクラブに踊りに行ったり、アイリッシュダンスを習ったり。
舞台を見に行くこともあれば、ふたりのお気に入りのレストランも
公園もたくさんありました。映画なんて、週に一度は必ず一緒に行って
いたほどです。

そんなにも近しかった彼女の存在を思い出して、突然ものすごく会い
たくなってしまいました。

だっ、ダイアナ〜〜〜!!

赤毛のアンではありません

そして。

ほんとうになにげなく。ごく自然に。
私は一生のうちであと何回ダイアナに会えるのかなって考えてしまった。

どんなに深く、強く、その存在が心の網膜に焼きついていたとしても。
同じ近しさでい続けることができるとは限らない。

もしも。

出会う相手の頭の上に、「一生のうち、この人に後何回会いますよ」と
いうサインがでていたとしたら。そうしたら、わたしたちはもっともっと
ひとつの出会いを大切にするのだろうか。それとも、その出会いをない
がしろにするのだろうか。

ダイアナに会いたい。

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2005年05月16日

カキムシリタクナルヨウナ欲求

自分の皮を剥ぎとりたい。

突然、そんなふうにおもった。

誰かと話しているときに、
常に俯瞰する自分が存在するのに気付いたのはいつのことだったか。

自分を偽っているのではない。
そこにいるのは確かに自分。
ありのままの自分。

それでも、この欲求は。
カキムシリタクナルヨウナ欲求は。

赤黒い血が流れ出すほど。
深紅の肉が割れるほど。
青白い骨がのぞくほど。

自分すら知らない自分を求めて。

ほんとうは何もないかもしれないのに。
私はいったい自分の中に何を探し求めているのだろう。

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2005年05月08日

およそ計り知れない

人の強さは。
その姿からは、およそ計り知れないものです。

最愛の人を亡くしたときも。
大切な思い出の詰まった家を奪われたときも。
息子が高校を辞めたときも。
娘が声も届かない遠い国へ去ったときも。

どこにも逃げ場があるわけじゃないのに。
誰に泣きごとを言うでもなく。
投げやりにあきらめることもなく。

あなたは、ただ、すべてを、受け止めて。

わたしは。
こんなにも強いひとを。
他に知りません。

おかあさん、ありがとう。

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2005年05月07日

友達ってなんだろう?

元F社の卒業生仲間とランチ。

話していて思うのは、やっぱり自分で好きにやりたい人たちなん
だなぁってこと。誰かに言われてやるのではなく、自分なりに
考えて、自分でいいと思ったことをやりたいタイプ。しなやかで、
自分の価値観を持っていて、悩んだりすることもあるけれど、
最後はどこか楽天的。肩肘を張っていなくて素直で伸びやかな
感じなのです。だから、彼女たちといることはとても気持ちがいい。

最近、友達ってなんだろう?って考えます。

私はもともとどっちかというと少ない人数の友人と深く付き合う
タイプ。。。だったはずなのですが、いつの間にかそうでもなく
なってるかも。

うーん。改めて考えてみると、自分が友達のために使う時間が、
すごく減ってしまったような気がしてとても悲しくなりました。

素直に、ただ、一緒に時間を共有する。

そういう機会をもっと増やそうとおもいます。

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2005年04月25日

尼崎脱線事故のこと

あまりにも悲惨な、起きてはならない事故が起こってしまいました。

通勤通学のいつもの電車がこんな惨事を引き起こすとは、その朝、
誰一人考えてもみなかったことでしょう。

何の心の準備もなく、旅立たなければならなかったひとたちのことを
思うと、胸が締め付けられる。特に、ちょうど昨年末に、同志社大学に
講演に行ったことを思い出して、あんな若い学生のひとたちまでも犠牲
になったということに、動揺してしまう。

「心からの冥福を」

そんな虚ろな言葉では埋められない。

私は。いまだに。

誰かが亡くなったことを聞かされたとき、
残された人々にかける言葉を持ち合わせていないみたいだ。

あのとき。

誰かにかけてもらいたい言葉なんてなかった。

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2005年02月27日

開けてはいけない記憶の箱

開けてはいけない記憶の箱をひらいてしまったのかもしれない。

ひとは、あまりにも辛く、悲しいことがあると、
その部分の記憶だけ心の中に封印してしまうことがあるらしい。

すっぽり抜け落ちて、断片的な映像しか残っていないあのときの記憶。
覚えてないわけがないはずなのに。
「思い出せない」ことにさえ、今まで疑問を抱かなかったことが
不思議に思えてならない。

突如として、雪崩のように画像が目の前に蘇る。
見たことのない場面に思えるのに、なぜか懐かしい。

たぶん、その場面は、ほんとうに、あったことなのだとおもう。
そして、それを見て、まだ心が痛む、という事実に驚く自分がいる。

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2005年02月25日

寒稽古のおもひで

この寒さで「寒稽古」というモノの存在を久しぶりに思い出した。

えー、柔道の寒稽古ですな。

高校のとき、私は柔道部に所属していたのですが、真冬になると一週間
「寒稽古」というのがあるんですね。

だいたい星がでている時間に家をでて、究極的に寒い中をワサワサと
武道館に集まり、氷のような畳の上で柔道をする。。そんな行事が寒稽古。

実は、この寒稽古だけは、一般の生徒も希望者は参加できるような仕組み
になっていました。なので、柔道部員としては、寒ささえしのげれば、
内容的にはかなりラク。しかも、普段はプレイできない人とできる
から結構楽しかったりもします(笑)。

一般の生徒、、、と言っても、男だけじゃないんです。女の子でも希望者
は参加できるんですよー。しかも、結構カワイイ子とかも参加してたり
して、普段はゼッタイ見ることのできない柔道着姿で一生懸命練習して
るんです。

し、素人の女のコがこんなことをっ?!

萌え〜 (´ー`)

って感じです。オンナの私でさえ。
だって、だって、男女一緒なんですよ、練習は!

一方、柔道部員であるワレワレは、素人の男の子(笑)とやりあっても
違和感ナシ。特に寝技は練習差が大きく出るので、力負けすることも
ありません。立ち技は悲しいかな力で攻められると辛いのですが。
一年間めちゃめちゃ練習してても、体育の授業で習った程度の男の子に
力負けするというのは悔しいものです。

そして、朝の稽古が終わると、保健室の先生とマネージャーがお味噌汁
を作ってくれていて、炊きたてご飯と梅干で食べるのです。

これがウマイ! (゚Д゚)ウマー

最終日はなぜかおしるこが出る、というのも伝統でしたね。

もちろん寒稽古中の授業は、眠くてしょうがない。。。そして、お昼に
部室でお弁当を食べながらベンチプレスをして、また午後眠くなり、
目覚めると「えっ?もう部活の時間?!」という感じで再び武道館へ
向かうのです。

嗚呼、我が青春。

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2005年02月02日

神が乗り移った瞬間

「中学生頑張れ!」

という日能研のポスターが張ってあって、受験のことを思い出した。

今思い出しても、奇跡の連続だったように思われてならない。
私はもともとあんまり受験には熱心ではなかった。懐かしの「四谷大塚」
という通信教育+週末テストスタイルの学校で、万年準会員、国語以外
は「一ケタ」の点数も余裕でとっていた。金曜日くらいにテキストを
パラパラっとみて、土曜日に試験に赴くのが常でした。

いずれにしろあまりたいした勉強はしていなかったので、受験のときも
ギリギリまで本気モードではありませんでした。

その割に、受験する学校は普通にレベルの高い学校を選ぶあたりが
勘違いの始まりだとおもうのですが、私が受験をしたのは、雙葉
(そう、櫻蔭、女子学院とともに御三家と呼ばれるあの学校です)と、
滑り止め校と、そして国立の附属。

国立の学校というのは、第一次になんと「ガラガラ」で抽選をするん
です。今考えてもなぜかまったく理解できないのですが、受験番号の
桁かなんかで「ガラガラ」っとやって出た番号で二次にすすめるか
決める。だから、国立を受ける人っていうのは受験日が同じ学校も
いくつか出願するんですよね。私も学芸大附属竹早、御茶ノ水、そして
筑波大学附属に出しました。二次の難易度は、竹早が比較的簡単で、
抽選の合格率も7割。筑波は抽選も50%以下くらいで切られ、かつ試験
も最難関。

「ははっ、筑波だけ抽選受かったらどうしようねー(笑)」

と言っていたら、案の定そうなりまして。
人生余計なことは言わないほうがいい、ということを若くして学びました。

日程としては、1日雙葉、2日目滑り止め、3日目筑波の順。
この時点で合格圏にかろうじてはいっていたのが滑り止め校だけでした。

当たり前ですが、雙葉は余裕で滑り。
2日目のテストが終わった段階で、もう後がない状況。

そして迎えた3日目。

今でも鮮明に覚えています。

自分がスーパーサイヤ人になった瞬間を。

いや、冗談ではなく、試験の間中全身から黄金の炎が噴き出してる感じ
で、オーラに包まれ、驚異的に集中していながらも、どこかで冷静に
問題を解き続ける自分。「もうこれしかない」「後がないんだ」という
言葉が頭の中で響きつづけます。

今でも覚えてる問題が、なんか四角い面積を一定の大きさのマスに分割
し、それをある規則にのっとって青色を塗っていく。で、全部埋め終わ
ると色タイルは何枚?とかそんな感じ。

もちろん、普通は、その規則に従って、計算して求めるわけです。
私は。。。

全部描きました。

本能が「おまえなら、計算するより描いて数えたほうが早い」と教えて
くれました。計算していたところでおそらく間違っていたでしょう。

あの日、間違いなく私には神様が乗り移っていた。

終了して、それまでの人生の中で一番テゴタエのある試験で(後にも
先にもあんなテストには出会いませんが)、母親に「できたよ!」と
伝えたこと、そして「できたけどみんな頭いいからねぇ。ま、落ちても
しょうがないねぇ」なんて話したような気がします。

そして、待ちに待った結果。

落ちてました。ふつうに。

私はとっても冷静で、あんなに気持ちのイイ試験ができたことに心から
満足し、もともと受かるわけがない学校なので「そうか」くらいの感じ
でした。だって、究極に頭もよくて勉強してきた人が300人受験して、
たった30人しか受からない試験なんだもの。そりゃバチあたるわ、
私が受かったら。

いちおう滑り止めには受かっていたので、その学校にすっかり行くつもり
で日々を過ごしていました。

数週間たったある日、私が学校から帰ると母が、
「すごいいいことがあったよ!」と言いました。
私はすかさず「えっ?!ドラクエ買えたの?!」と答えました。
(そうです、そんな時代です。並ばなきゃ買えなかったアノ頃)

「いやいや、補欠でさ、筑波に入れるらしいよ」
「は?あの学校蹴る人がいるんだ。櫻蔭の人か?でも超ラッキーじゃん!」

というわけで、入るはずのなかった学校に入ることになり、今の私が
いるわけなのです。あの学校に出会ってなかったら確実に今の私は
おらず、まったく違った人生を歩んでいたことでしょう。そう考えると
子供の可能性を信じ、広げてあげることがなんて大切なことかと感じ
ます。

・・・何のオチもなく、なんかいい学校にはいった話なので自慢か?
という気もしますが、読んでおわかりのとおり私が自慢できるのは、
ほんとうに筋金入りで「運がいい」ってことくらいです。

「中学生頑張れ!」と言う言葉に、こんな昔をつらつらと思い出し、
どこかに書き残しておきたいなと思いました。受験をされた方は、
ところどころ懐かしく思われるかもしれません。

あのときの「神が乗り移った瞬間」をまた体験したい。

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2004年08月06日

スベテノデキゴトニ価値ガアル

新宿の地下道に展示してあった墨書きの詩に足を止めた。
10分くらい、何度も何度も読み返した。
そして、なぜか、どうしても、書き留めておかなければいけない気が
して、ノートに写しとる。

通り過ぎる人々が目をとめて振り返るほどに。
ひとり黙々と。

これは、人生に起こるすべてのことはどんなに楽しくても、どんなに
辛くても、必然であり、その人にとって価値あるものでしかありえない。
そんなことを馬鹿みたいに信じさせてくれる詩。

愛溢る癌を抱いて
〜癌・君への手紙〜

前ぶれも無ク二〇〇四年の正月ニ
君ガ突然ヤッテ来てカラ
私ト私ヲ取リ巻ク生活ハ困惑ト激震ニ次グ激震ダッタ。

シカモ君ハ重症ノ黄疸ト云フ仲間ヲ連レテ
ヤッテ来タカライキナリ私ハ余命ガ2日。
お陰で私ハ怖ガル暇モ時間ヲ持ツコトモ無ク

月ヘ逝つ(タビダツ)心ヲ決メタ。
ダケドその時小サナ奇跡デ私ハ死ノ淵カラ
三週間ダケ連レ戻サレタ。
何故か今、アレハ君ガヤッタコトデハナカッタロウカト
ソンナコトヲ思ッタリスル。
そして一時ノ延命処置で私ハ余命六ヶ月。

手ヲ打ツ術モ選択ノ余地サヘモ無イ場所ニ君ガ陣取ッタト言フコトハ
私ニトッテハムシロ幸運ダト思ッテイル。
何故ナラもう何も迷ふ必要ガ無イカラダ。
ただひたすらに残サレタ今ヲ生キルコトダケガ私ノモノ。
ソレハある意味確カナ手応ヘトモ言ヘルコト。

私ハ君ヲ大キク誤解シテイタ様ダ。
君ハ災イバカリヲ運ブモノダト身構エテイタ。
しかし君ガ来テカラ七月過ギタ今ニナッテモ幸せバカリ。
何ヨリモしみじみと深ク滲ミ出ル人間ノ愛ヲ
浴ビセンバカリニ見セテクレタネ。

嬉シカッタヨ。

人トシテこの世ニ生キテ幸せダッタト
本当ニ最後ニコンナニモ強ク思ワセテクレタネ。
不覚ニモ、ダカラ、モット生キタイナドト思ッテシマウ。

余命ヲ楽シムヨウニト医師ハ言ウケド
あなたが一所懸命ニ作リ出シテクレタ命ヲ
例ヘ短イ時間デアロウト死ノタメニデハナク
生キル準備ノ為ニ使イマス私ハ彼ニ伝ヘタヨ。

ゴメンネ。私ハ君ト闘ウ気ハ無イ。
勝テル相手デモナイダロウ。
ヤガテ必ズ君ハ私ノ命ヲ運ンデユクダロウ。
シカシソレハ恐ラク私ノ寿命ト言フコトダカラ
君ノセイデモナイダロウ。

アノ小サナ奇跡モ巡リ会ッタ医師モ
癌ト言フ手強イ君デサエ
私ニハ運命ト言フ不思議カラ授ケラレタモノのヨウニ思エテナラナイ。

最後ニ君ニシッカリ伝ヘテオキタイコトガ有ル。

私ハ君ヲ怖イト思う。
友達ニナル気ナド毛頭ナイ。
ケレドモソンナ気持チヲ遙カニ越ヘル宝ヲ運ンデクレタのも君。
君ヲ嫌ダト思ッタコトハタダノ一度モ無イノモ真実。
最期ノ時ニついウッカリと君アリガトウナドト
口ヲスベラシソウナ気ガシテコワイヨ。

ア、ソレカラ忘レズニ。
私ヲ運ンデユク先ハ月。
そこでうさぎヲ手伝ッテ悩メル人ガ
見エタ時ツキタテヲ一つ落トシテアゲラレルダロウカラ。

二〇〇四年七月に
愛溢る癌を抱いて 環水

[本日の日記に★ざぶとん一枚★]

2003年10月26日

屋久島

誰にでもずっと気になっている場所というのが存在するのではないでしょうか?

私にとってそのひとつは「屋久島」です。実はちょうど今日珍しくテレビを見て
いたら屋久島への旅行を扱っていて、その画面からあふれ出る不思議な
空気に魅せられてしまいました。

雨に濡れる森、水の滴る苔、白糸のように流れ落ちる滝、耳をあてれば
水の流れる音がしそうな屋久杉の幹。

一歩足を踏み入れたら、時間も自分自身も、何もかもを忘れてまるで
空気に漂うひとつぶの素粒子になったような気分になれるんじゃないか、
とそう思います。いつか絶対に行きたい場所。

屋久島といえば田口ランディの「ひかりのあめふるしま屋久島」という本が
感性を揺さぶられるという点でとてもよかった。私もエッセイを書くのが好き
なので田口氏の文章にはどきっとさせられます。彼女の言葉はまっすぐで、
決して自分の弱さを隠さず、ごまかしを許さないリアルへのこだわりがあって、
だからこそ弱さを持つすべての人の心に突き刺さる何かを持っています。

陰鬱で、どろどろしていて、汚い感情。そして、あるところでふっきれたような
切ない明るさ。それらを言葉にして削り出す力。

彼女の文章を読むたびに、自分の中の暗い部分を抉られ、曝け出される
ような気がします。明るくて、前向きで、強い人間に自分でも努めてそう
あろうと努力はしているつもりです。でも、自分の暗くて弱い部分を見ずに
生きるわけにもいかないのです。だって、そこには確かに存在するのだから。

そういう部分をきちんと認めてあげないと、「正しくて、まぶしくて、きらきら」
な自分に疲れてしまう。それだけだと嘘になるってわかってるから。

また自分の弱さを認められなければ人の弱さを認めることはできない、
そう思います。

・・・ちょっと今日のは、書くのに勇気がいりました。人がこれを読んでどう思うか
というよりは、考えをカタチにしてしまう怖さ。それを自分が知ってしまう怖さ。

2003年10月19日

ルパン号を偲ぶ

とても天気のよい一日でした。去年廃車にしてしまったルパン号のことを
考えました。ルパン号はYAMAHAのセローというオフロードバイクで、
16歳のときに父親から譲り受けたまま乗っていた愛機です。非常に軽くて
取り回しやすく、女性にも多く選ばれます。

16歳になったその夏休み、早速教習所に通ったのはもう10年前になります。
小さいときからモトクロスのバイクには乗っていましたが、公道を走るためには
当然免許が必要です。ずっと16歳になったら免許を取ると言い続け、誕生
日やらクリスマスやらのプレゼントは要らないからと。

そして16歳になって免許を取りに行くと言った時、母親が一応少し難色を
示しました。そのときにぱっと味方になってくれたのは弟でした。彼は、ずっと
前から約束してたはずだと彼らしい完璧な論理展開を繰り広げ、母も
もとから止めても無駄とわかっていたためか、あっさり許可をくれました。
弟はいつも私の味方です。そして私はいつも彼の一番の味方なのです。

それからヤンキーの兄ちゃんや、おっちゃんたちに混ざって中免を取りに通い
ました。400ccというのは結構大きく、なかなか苦労した記憶があります。

晴れて免許をとって、一番に出かけたのは父の病院でした。当時はまだ
それほど容態も悪くなく、窓から見送ってくれました。次にたずねると、
ベッドの上で書いた「運転するときに気をつけることマニュアル」を手渡し
てくれた。今思えば、16歳の娘がバイクを駆って公道を走るなんてさぞ
心配だったに違いありません。

一度でいいから彼と一緒にツーリングに行きたかった!私が覚えているのは、
彼の背中にとりついてあっちこっちに連れて行ってもらったこと。皮のジャンパー
の匂い、ヘルメットのぶつかる音、冷たい手を背中越しに突っ込んだあった
かいポケットの中、そしてカーブのたびに一緒になって傾いた体の重み。

なにもかもがあまりにも鮮明な記憶。

悔いのない人生(書評)

「ラフラ、24歳の遺言 - あるラッパーの生涯」
枝口 芳子

【こんな人にお勧め】
弱音を吐きそうになったときに。

【Amazonより】
2000年8月29日、東京の国立がんセンターで一人の若者がその生涯を
閉じた。24歳だった。アル中の父、両親の別居、人種差別、そして10万
人に1人といわれる精巣ガンの発病…。運命の皮肉に翻弄されながらも、
周囲を明るく照らして駆けぬけたラッパー、A‐Twice(ラフラ・ジャクソン)。苦悩
の果てにすべてを受け入れ、生きることを味わいつくして逝った、あまりにも
鮮やかな人生の記録。

【立ち読み書評】
これはただの闘病記ではありません。日本人とブラックアメリカンの間に生ま
れたひとりの人間が、ふたつの文化と生活の狭間で迷い、悩み、考えながら
自分らしさを追い求めたその姿を表現した記録です。

「ラフラ」とは、仏陀の一人息子の名前であり、また「重荷を背負って歩く」
という意味のある言葉。

その言葉どおり、彼は生まれたときから様々な不遇や困難にぶつかります。
でも、それでも。どんなときも反骨精神を武器に自分を見つめ、自分の力
で道を切り拓いていく。

どんな逆境においても、「俺が負けるわけがない」と、そう信じて。

そんな彼がわずか24歳のときに精巣癌にかかります。癌は体中に転移して、
化学療法を繰り返し、手術で体を切り刻まれて。彼は病院で多くの友人
に会いますが、決して弱音は吐きません。憧れのDJの見舞いには、きっと
一緒にやろうと約束をします。

何かをやり始めてあきらめそうになったとき。彼のことを思い出すのです。
私は彼の10万分の1も強さを持ってないじゃないかと。今この瞬間病気に
なっても後悔するような生き方はするまいと。

今日、後悔しない一日を過ごしましたか?


cover

2003年10月06日

幸せと悲しみ

母の誕生日でした。先週から弟と打ち合わせ、今日も準備で大忙し。
日曜日はずっと働いていたので、今日は休日!と思い、一生懸命準備を
しました。

+花束を買って、お気に入りの花瓶で部屋に飾る。
+アーモンドがいっぱい入ったチョコレートケーキを焼く。
+得意の風船アートで動物を作る。
+メインディッシュを調理する。
+オードブルの盛り付けをする。
+キャンドルに火をつけて、暗い中弟と二人で待つ。

おかげで母が帰ってきた瞬間、「おめでとう!」と迎えることができました。
今日の一日はとても幸せでした。

ところが、さっきお風呂に入っていたら、なんだか急に悲しくなってしまいました。
なんで私達は三人なんだろうって。私は、父が生きていた頃、彼が必ず母の
誕生日に素敵なプレゼントを渡していたことを知っています。あるときは
Watermanのサファイアブルーの万年筆。あるときは美しい装丁を施された
写真集。毎年、必ず心のこもったプレゼントを受け取っていた母をうらやましく
思ったものです。

今は、この地球上に生きる誰ひとりとして、彼のかわりにプレゼントを贈ることは
できません。私がどんなに頑張っても無理なのです。彼ほどに彼女を幸せに
できる人はいないのです。その事実が胸を締め付けます。涙がこぼれます。
そうして、私はお風呂の中でひとしきり泣きました。

なぜ彼はあんなにも早く死んでしまったのだろう。彼は今の私を見たらなんて
言うのだろう。もう一度、彼に伝えたい、この世に私を生み出してくれてあり
がとうって。でも、もしもう一度会えたなら、きっと言ってしまうだろう、お母さん
を置いていかないでって。

心が痛い。父を、母を、妻を、夫を、恋人を、兄弟を亡くした人は皆こんな
気持ちを抱きながら生きているんだろうか。だとしたら、この世の中はなんて
悲しみに満ちているんだろう。

この世界がこんなにも美しいのはそのせいかもしれないとふと思った。悲しみ
を知らずに優しくなることはできない。

2003年10月01日

きんもくせいとメール

今日は一日外に出る必要のない一日だったのですが、今月の予定を考えて
いたら、なんだか気ばかり焦って大変なことになりました。体はひとつしかないし、
一度に考えられることもひとつだけ。それなのに11月にブラジルに行くまでに
やっておきたいこと、やっておかなければならないことが山積みです。

いや、もちろん焦っても何も変わらないのですが、こういうときはいてもたっても
いられなくなってしまいます。どうしたものか、、、と思いちょっと散歩に出る
ことにしました。

散歩の途中で出会ったきんもくせいの花に魅せられて、なんだかちょっとだけ
文学的な気分になりました。この気持ちをなんだか誰かに伝えたくなって、
思わず筆の向くまま文章を書き始めました。

書き終わってから、さて誰に送ろう?メールボックスを覗きながら、色んな
友人・知人のことを思い浮かべました。ちょっとご無沙汰しているけれど
あの人はどうしているだろう?最近お近づきになったけれど、もっと仲良く
なりたいな。いつも支えてくれているあの子に。

そうして、その「きんもくせい」のメールを送る相手を決めました。メールの
送信ボタンを押す頃には、なんだか気持ちも落ち着いて、すごく幸せな
気分になっていました。心に刺さっていたとげとげがみんな抜けてしまった
ように。ほんとうは、いろんな人と繋がっている、その事実を確かめたかった
だけなのかもしれません。

今日突然きんもくせいのメールを受け取った方、ご迷惑じゃないとよいの
ですが。

2003年09月04日

エアメール

エアメールが届いた。ブラジルからだ。誰だろう?そう思って封筒の裏を確か
める。

Robertoから!信じられない!急いで封を開けると、中にノートの一頁を
破って書いた手紙と、ビーズで作られたブレスレット。もうそれを見ただけで、
うれしくてうれしくて、感動してしまった。

だって、彼は農園にいた元ストリートチルドレンの子供だもの。手紙を書いて
ねとは言ったものの、まさか本当に書いてくれるなんて。それに、かわいい
プレゼントまでくれるなんて。これが彼にとってどんなに大変なことか、今なら
わかる。

手紙には、今農園ではなく、父親と兄弟と一緒に家にいると書いてあった。
彼は、7年前に妹一人を連れて家出をした母親のことを探している。大人
になったら機械工になって、自立して、どんなに時間がかかっても、いつか
お母さんを探すんだと言っていた。もう生きていないかも、と思いながら、それ
でも決して希望を捨てることなく。

この地球上で私と彼が出会う確率はいったいどれくらいの奇跡だったろうか。
でも、その奇跡は、彼と私の間で確かに起きた。この世の中は奇跡のような
つながりで結ばれている。