「ラフラ、24歳の遺言 - あるラッパーの生涯」
枝口 芳子
【こんな人にお勧め】
弱音を吐きそうになったときに。
【Amazonより】
2000年8月29日、東京の国立がんセンターで一人の若者がその生涯を
閉じた。24歳だった。アル中の父、両親の別居、人種差別、そして10万
人に1人といわれる精巣ガンの発病…。運命の皮肉に翻弄されながらも、
周囲を明るく照らして駆けぬけたラッパー、A‐Twice(ラフラ・ジャクソン)。苦悩
の果てにすべてを受け入れ、生きることを味わいつくして逝った、あまりにも
鮮やかな人生の記録。
【立ち読み書評】
これはただの闘病記ではありません。日本人とブラックアメリカンの間に生ま
れたひとりの人間が、ふたつの文化と生活の狭間で迷い、悩み、考えながら
自分らしさを追い求めたその姿を表現した記録です。
「ラフラ」とは、仏陀の一人息子の名前であり、また「重荷を背負って歩く」
という意味のある言葉。
その言葉どおり、彼は生まれたときから様々な不遇や困難にぶつかります。
でも、それでも。どんなときも反骨精神を武器に自分を見つめ、自分の力
で道を切り拓いていく。
どんな逆境においても、「俺が負けるわけがない」と、そう信じて。
そんな彼がわずか24歳のときに精巣癌にかかります。癌は体中に転移して、
化学療法を繰り返し、手術で体を切り刻まれて。彼は病院で多くの友人
に会いますが、決して弱音は吐きません。憧れのDJの見舞いには、きっと
一緒にやろうと約束をします。
何かをやり始めてあきらめそうになったとき。彼のことを思い出すのです。
私は彼の10万分の1も強さを持ってないじゃないかと。今この瞬間病気に
なっても後悔するような生き方はするまいと。
今日何気なく見ていたら、息子の本(「ラフラ、24歳の遺言」ポプラ社)に関する書評が掲載されていましたので、読ませていただきました。こうしてまだ読んで下さっている方がいらっしゃるということは、大変嬉しいことです。と同時に、あれを書いた時は、息子が他界してからあまり時間がたっていなかったということもあり、半ば熱情に駆られて、一気に出版しましたので、今から思うと手直しをしたいような個所も多々あります。でも、基本的なところは同じなので、まああれはあれでよかったと思っております。
ただ心残りなのは未発表のライムがたくさんノートに書かれてあり、日本の若者たちへのメッセージがいっぱい詰まっていますので、これを載せられなかったことが悔やまれます。8割ぐらいが英語で、しかも息子の詩はとても難解ですので、日本語に訳すのに時間がかかるということもあり、載せませんでした。いつかこれを発表できたらいいなと思っています。
4年前のちょうど今頃は、国立がんセンターに入院し、病気は完治すると私も息子も信じて疑わない時期でした。元気いっぱいで、病院の先生や看護婦さんたちによく冗談を言っては、笑わせていたものでした。
息子と過ごしたことは、夢の中の出来事だったような気もしている今日この頃です。でもこうして息子の生き様について知り、何らかの糧を得てくださっている方々もいらっしゃることを思えば、息子は生きていると逆に力を与えられる思いがしております。
本当にありがとうございました。どうか頑張って、素晴らしいお仕事をしてくださいますように。
Posted by: 枝口芳子 : 2003年11月23日 21:23まさか著者の方からコメントをいただくとは思いませんでした。ありがとうございます。
書評にも書いたように、この本にはいろいろなことを教わりました。ラフラさんのライム、
ぜひ時間をかけてでも訳して公開できるとよいですね。きっとそこからまた何かを得ていく
人がたくさんいるのではないかと思います。
ラフラさんの生きた人生が、これからもたくさんの人に引き継がれ、どんどんその価値を
高めていけますように。