母の誕生日でした。先週から弟と打ち合わせ、今日も準備で大忙し。
日曜日はずっと働いていたので、今日は休日!と思い、一生懸命準備を
しました。
+花束を買って、お気に入りの花瓶で部屋に飾る。
+アーモンドがいっぱい入ったチョコレートケーキを焼く。
+得意の風船アートで動物を作る。
+メインディッシュを調理する。
+オードブルの盛り付けをする。
+キャンドルに火をつけて、暗い中弟と二人で待つ。
おかげで母が帰ってきた瞬間、「おめでとう!」と迎えることができました。
今日の一日はとても幸せでした。
ところが、さっきお風呂に入っていたら、なんだか急に悲しくなってしまいました。
なんで私達は三人なんだろうって。私は、父が生きていた頃、彼が必ず母の
誕生日に素敵なプレゼントを渡していたことを知っています。あるときは
Watermanのサファイアブルーの万年筆。あるときは美しい装丁を施された
写真集。毎年、必ず心のこもったプレゼントを受け取っていた母をうらやましく
思ったものです。
今は、この地球上に生きる誰ひとりとして、彼のかわりにプレゼントを贈ることは
できません。私がどんなに頑張っても無理なのです。彼ほどに彼女を幸せに
できる人はいないのです。その事実が胸を締め付けます。涙がこぼれます。
そうして、私はお風呂の中でひとしきり泣きました。
なぜ彼はあんなにも早く死んでしまったのだろう。彼は今の私を見たらなんて
言うのだろう。もう一度、彼に伝えたい、この世に私を生み出してくれてあり
がとうって。でも、もしもう一度会えたなら、きっと言ってしまうだろう、お母さん
を置いていかないでって。
心が痛い。父を、母を、妻を、夫を、恋人を、兄弟を亡くした人は皆こんな
気持ちを抱きながら生きているんだろうか。だとしたら、この世の中はなんて
悲しみに満ちているんだろう。
この世界がこんなにも美しいのはそのせいかもしれないとふと思った。悲しみ
を知らずに優しくなることはできない。
須子さんからトラックバックでびっくりしました。
しかも、まるで僕の気持ちを代弁してくれているような文章に目が滲んでしまいました。
匿名でブログ書いていますので、あえて名前は伏せておきますね。
以前、仕事で一緒に働かせ頂いた頃は、お世話になりありがとうございます。
毎日、須子さんのブログ読んでますよ。生き生きとした活動、影ながら応援しています。
まだまだ時間はかかりそうですが、色々な想いを胸に僕も事業家への道を模索します。