2006年01月14日

もっとも幸せで残酷な瞬間

高校のときの友人が結婚式に呼んでくれました。

はじめてみる三々九度。

この友人は、高校のときから熱血バスケ少女、大学ではアメフト部の
トレーナーだったのですが、システムコンサル屋さんになってからも
体育会系。「プロジェクトが終わるまでは結婚しません!」と言って
周囲を青くさせたとか(笑)。中学校まで北京にいたため、今では
北京でも仕事をしているというグローバルな女性でもあります。

いやー、なんていうかね。
感動しましたさー!!

まず、あんなに男前な彼女が、かわいいんだなぁ。
旦那さんになった男性が、また愛嬌があって愛されキャラ。

うわ〜、お互い、すごい大好きなんだなぁ〜〜っていうのが
あらゆる瞬間に伝わってきて、ものすごく幸せな気分になりました。

そして、親御さん。
とっても素敵なご両親を持つ彼女なのですが、
自分の娘が嫁に行くというのはいったいどんな気分なのか。

人の結婚式を見るたびに、いつも感じてしまうのは決まってこのこと。
考えなくてもいいのに、どうしても考えてしまうこと。

「お母さん、わたしが結婚するとき、どんな気分になるだろう」って。

絶対に、お父さんに見せたいって思うに決まってる。
・・・それだけは絶対に叶わないのに。
たとえどんなに望んでも。

・・・ああ、そういうことだ。


最愛の人を亡くすというのは。

この世で生きるあらゆる喜びを、
これから訪れるすべての希望を、
もはや分かち合うことができないということだ。

それは、もっとも自分が幸せな瞬間に。
もっとも残酷な瞬間が訪れるということに他ならない。

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投稿者 遙 : 2006年01月14日 07:52 | トラックバック (2)
コメント

こんにちは。
いつもこのブログからエネルギーをもらっています、ありがとうございます。

<それは、もっとも自分が幸せな瞬間にもっとも残酷な瞬間が訪れるということに他ならない。>というコメントは2,3日にたっても果たしてそうだろうかとずっと僕の頭の片隅にありました。少し文学的な表現すぎるのではないかと。。。
最愛の人を亡くしても、その人を想っているかぎり最高な幸せは、あくまで最高な幸せな事として残っていくのではないでしょうか。決してそれは残酷なものではないと思います。


Posted by: S.S : 2006年01月19日 21:17

S.Sさん、ほんとうにありがとうございます!

実は、この記事に関しては書いたあともずっと
考え続けています。

父や母がどうか、ということを超えて、
人の心の中にある深い深い悲しみというものについて。

悲しみが癒されるというのはどういうことなのか。
まだまだ答えはでませんが、こうして考えるきっかけ
をいただけてとてもうれしく思っています。

Posted by: : 2006年01月20日 08:33
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