2005年06月20日

「ねずみ坂」の最後の一息

この季節、この風を感じて思い出してしまうことがある。
まるで、春の桜をみてアノ合宿を思い出すときのように。

それは、音羽の「ねずみ坂」

い、いやぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁあぁっ!!

・・・と叫びだしてしまえるほど、わたしはこの坂が大嫌いだ。

なぜなら、高校の時分、柔道部のトレーニングでこの坂を駆け上っては
駆け下りる、、、というのをやっていたから。写真でみると、たいした
傾斜ではないのだが、「傾斜×長さ」は、坂の総合ランキングで1位
なるほど(世の中には坂フェチというのがいるということがわかりべん
きょうになりました)。自転車を乗ったままのぼることが極めて困難な
坂をイメージしていただければよろしいかとおもいます。

下から駆け上ってきて、「も、もうすこしかな?」と思ってから、まだ
一息あるんです、この坂は。そして、その最後の一息がものすごく大事
なのです。

改めて考えると、世の中の仕事って、けっこうそんなかんじかもしれ
ない。90%までやることは比較的誰でもできて、それなりなんだけれど
も、90%を100%、あるいは120%に仕上げることは、90%を作り上げる
のと同じくらい大変で。

なぜかっていうと「も、もういいかな?」という自分自身と戦わなけれ
ばいけないから。

ただ、だからこそ、何事においても、100%や120%まで作りこめるひと
というのは価値があるんだとおもう。それは「ヤリキル」ということに、
どこまで本気でいられるか?ということと同義。

わたしは、よくも悪くも性格的な「100%への執着」というものは持ち
合わせていないとおもう。ただ、自分がほんとうに本気になっているとき
には、間違いなく、まさに夢中でやり続けてしまう。最高のアウトプット
のためにあらゆる手を尽くして考え抜き、行動し続けてしまう。そして、
夢中になった結果をみたら、120%の完成度だった、ということはとても
よくあるのです。

そんな自分だからこそ。
心から本気になれることをやり続けていないとダメなんだと思った。

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投稿者 遙 : 2005年06月20日 07:16 | トラックバック (3)
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