昨日の記事は、期せずして反響のある記事になりました。
もう少し続けて考察をしてみたいと思います。
ポイントはふたつあって、ひとつめは、
「なんでもやっていいと言われたらなにをする?」という質問に対して
大学生からほとんど答えが出てこなかった、という話。
そしてふたつめは、その反応を私自身がどう受け止めたか?という話。
今回の場合には、「悲しい」という感情が生まれました。
まずひとつめのポイントの、答えがでてこなかったことについて。
この原因は、たぶんいくつかあって、
●そもそも真剣に向き合っていない
●こういう質問が初めてなので思いつかない
●いろいろ思いついたけど人前で言うのは照れくさい
そもそも真剣に向き合っていない、という状態の場合、まず聴くと
いうコンディションや信頼関係が出来上がっていないので何を伝えても
届きづらい。「300人を前にした1時間の講演形式」という制限がある
中で「信頼関係」を生み出すためには何が必要なのだろう?
それから、「こういう質問が初めてなので思いつかない」という人も
多かったのかもしれません。たしかに振り返ってみれば学校生活の
中でこうした質問をしてもらう機会というのは限りなく少ない。
もう少しアイスブレークになる質問をステップで積み重ねていけば、
驚きなく入り込める状態は作れそうな気がしました。
さらに、「人前で言うのは照れくさい」というのもありそうです。
実は、わたしはこういうのがすごく嫌いで留学をしたくなった
部分があったなぁとふと思い出しました。
日本の学校って、まじめに勉強していると周りから敬遠されたり
するところがありますよね。だからほんとは勉強してるのに、
「え〜、してない、してない!テスト勉強なんてしてないよ!」
みたいな。勉強するのがかっこ悪い的な空気。
わたしはこれがほんとうに嫌いでした。
だから、アメリカの大学では「わたしは勉強してるよ」って周りの人に
言えて、それを「すごいね!」って言ってもらえるのがうれしかった。
夢を持ってることを宣言するのもたぶんそれに近くて、
「えー、夢なんてないよ」というのが周囲に対する義理立てで、
「こんな夢があるよ!」と言うのがなんとなくかっこ悪い。
とにかく周りの人にどう思われるのかが気になってしょうがない。
これは、わたしの価値観だし、別にそう思わない人がたくさんいるのも
わかるけど、あえて書くならば。
人生は一度きりなんですよ、ほんとうに。
やりたいこともやらずに生きて、どんな意味があるんですか?
この「生」の意味を最大化できるのは自分しかいない。
投稿者 遙 : 2005年11月26日 09:24 | トラックバック (2)はるかさん、こんにちわ。
久々にブログ拝見しました。
はるかさんの「思い」、とても共感&共鳴します。
人生は一度きり。
「生」の意味の最大化。
答えは自分の中にしかないんですよね。
はるかさんのメッセージに触れるたびにいつも思うんですけど、はるかさんカッコいい(セクシー)ですよね。
その通りだと思います。
「勉強をしてるよ。」の話、「こんな夢があるんだ。」の話。
でも、世の中には、言いたいけど言えない、という方が沢山いるようです。
地元の教育委員会の関連団体で2年近く30人ほどの市民の方々と活動をしたことがあります。月に1回ほどのワークショップ体験を軸に生涯学習や教育についての研究課題を見つけ、最終的には市への提言をするものでした。
その中で、「意見がいえる人はいいけど、どうしても言えない。自分を表現できない人間も居ます。」というようなことを言われた事があります。
誰もが意見を言える、自分を表現できる雰囲気が出来ていて、何を言っても受け入れてくれる、「大丈夫なんだ。」と思える環境が必要だと思いました。
間違いはない、全てが正解!何でもOKなんだよ。と思える場作りが必要なのだと思います。
全国の青年会議所などで様々なセミナーをさせて頂く機会がありますが、まずはそんな雰囲気を創ることから始めます。
恐らく、日本の学校教育がそういうことを許さない、正解は一つ!他は不正解!的な雰囲気を創っているのだと思います。
長々すみません。
ではでは。
かけがえない出会いと機会に感謝!
竹蔵