メイク・ア・ウィッシュのクレジットカードの件から波及して、改めて
社会貢献の意味や方法に関して思考が深まりました。
「源泉徴収」みたいでイヤ。
そんなコメントがなんとも的を射た表現で、ちょっとヤラレました。
その他にも、「顔が見えるから、ハートが触れ合うから意味があるん
だよ」と、そんなご意見もいただきました。
世の中には「この商品をお買い上げになると代金の一部が寄付されます」
というモデルは結構多くあり、特に最近ではあちこちで大活躍です。
しかし、私自身がそのような企画を目にしてほんとうに心を動かされ
るか?そんな風に自問したとき。
否。そういう風にはっきりと感じる自分がいることに気がつきました。
まったく同じ商品で、寄付つきと寄付なしを選べと言われればもちろん
寄付つきを選ぶけれど、それによって「感動」や「心の豊かさ」が生ま
れるかというとそんなことはない。
それはどうしてか?
やはり、そこに「接触」や「コミュニケーション」が足りないためだと
思うのです。一方的な寄付や慈悲はどこかに無責任という要素を内包
している。
わたしは、もっともっと具体的に、直接的に、自分の知恵や力や時間
を使って、汗を流して、めいっぱい責任を引き受けて何かをしたいと
思っているから。そうして初めて自分の心に感動や豊かさが生まれる
ことを知っている。
しかし、これは、すでに「社会の課題に自分の責任で向き合おうとし
ている人」の思いだと思います。「源泉徴収みたい」と感じるのは、
「もっとちゃんと関わりたい」という欲求の裏返しなのではないで
しょうか。
ひるがえって。
今の社会には、そうした社会の課題と自分の生活を切り離して生きて
いる人がたくさんいます。自分自身もときに安易に流れ、自分勝手な
行動をとった挙句に反省することがしばしばです。
「他人事」にしてしまうことはあまりにもカンタンで。
しかも、それは多くの場合、悪意からではなくて、ほんとうに
「興味がない」ところから来ているのではないかと思うのです。
そうしたまったく興味のない人、考える機会がなかった人に対しては、
上記のような「手軽な社会貢献」もきっと意味がある。多少動機が
不純であったとしても、それほど思い入れがあるわけではなくとも、
行動に移してもらうことが大事。そのプロセスの中で、ほんとうの
心のつながりが一瞬でも生まれれば、そこで次の行動へのインセン
ティブが生まれるはず。
そんな風に信じて、いろんなレベルの、たくさんのアイディアを、
あらゆる方向からこの社会に投げかけたい。
[本日の日記に★ざぶとん一枚★]
投稿者 遙 : 2004年07月26日 20:35 | トラックバック (2)