コミュニケーションの研修をしていて、
答えを求められた。
いつもなら、相手から答えを引き出す方法で解決策を見つけて
もらえるよう促すのだけれど、「先生の答えを教えてください」
と直球で問われた。
「靖国の問題とか、ああいうのはどうやったら解決できるんですか?
イデオロギーの問題は人それぞれ、では片付かないですよね?」
「カチっ」と、スイッチが入った音がした。
わたしは、人の話を聞く時は極めて温和だけれど(たぶん)、
伝えるべきことがあるときには、燃え上がる。
靖国だろうと、なんだろうと。
わかりあえるまで、伝え合うしかないじゃないか。
今までの伝え方がダメなら、それ以外のあらゆる方法で。
たとえ何年かかっても、わかりあえるまで、やるしかない。
相手を信じて、自分を信じて。
人の心の中にはイデオロギーを超えた営みがあることを、
わかちあえる愛が息づいていることを。
わかりあえるから、伝え合うのではない。
わかりあえるまで、伝え合うのだ。

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>人の心の中にはイデオロギーを超えた営みがあることを、
>わかちあえる愛が息づいていることを。
同感です。日中関係で一番の問題は、互いに国家首脳以外の国民の顔をしらないこと。直接顔をつき合わせて話をすれば、9割9分、わかりあえると思います。
Posted by: 54th@sendai : 2006年09月11日 10:33はじめてコメントさせていただきます。
わかりあえるまで伝わるまで伝えたい、と認識したときに「カチッ」とスイッチが入る感覚、よく分かります。
ただ、双方向に想いを伝えるときには価値観が邪魔をすることもあります。
価値観を同じレベルにまで持っていくのは、非常に難しいですよね。
仲のいい同士でも微妙にずれる価値観を、国民性や歴史の違う人々と合わせるのはなおさら。
わかりあえるまで。
時間はかかってもやるしかないですね。