わたしは、器用だ。
人前で話せるし、それなりの文章も書けるし、リアルタイム議事録も
書けるし、ウェブサイトも作れるし、アニメーションCDROMの作成も、
ビデオ編集も、挙句の果ては自分の服まで作ったことあるし。
でも、それは、わたしの自慢というより、
ほんとうはコンプレックスに近い部分があったように思う。
「器用貧乏」という言葉は、母親が教えてくれた言葉。
親の影響って、つくづく大きい。そう思う。
別に悪気があって言ったわけではないと思うし、
責めたりする気はまったくないけど、わたしは今に至るまでずっと、
自分の器用さはどこかでよくないことのような気がしてた。
いろいろできるけど、結局何もできない人。
そんな風に。
でも、今日「ヤル気を引き出す『講師力』養成講座」をやっていて
気づいたことがある。
それは、完璧なモデリングができていたということ。
今、ちょうどとある講師のオーディオプログラムを聞き続けている
のだけれど、今日のわたしの話し方は、まさにこのカリスマ講師が
乗り移ったようだったと思う。
聞いて、すぐに高い精度でマネできること。
自分自身に落とし込んで、活かせること。
これって、もしかしてすごい。
器用な自分だからできること。
器用な自分にしかできないこと。
他人が、どれほどいい点だと思っていても、
自分が自分でそれをよくない点だと思っていれば、
それは間違いなくコンプレックスだ。
自分で自分のなにかを認めてあげるには、
それがあることで得られる喜びと、それがないときの苦しさを
イメージすればいいのかもしれない。
そろそろ、器用貧乏コンプレックスからは開放されそうだ。

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