「祈り」とはいったいなんだろう。
わたしは、教会に通ったこともなければ、
お寺で念仏を唱えたこともないので、
なにをどう祈ったらいいのかわからない。
それでも、とある言葉の連なりに心を動かされた。
それは、マザー・テレサの愛した「解放」という祈り。
イエスよ、わたしを解放してください。
愛されたいという思いから、評価されたいという思いから、
重んじられたいという思いから、ほめられたいという思いから、
好まれたいという思いから、相談されたいという思いから、
認められたいという思いから、有名になりたいという思いから、
侮辱されることへの恐れから、見下されることへの恐れから、
非難される苦しみへの恐れから、中傷されることへの恐れから、
忘れられることへの恐れから、誤解されることへの恐れから、
からかわれることへの恐れから、疑われることへの恐れから。
この祈りを読んで、なにより心を打たれるのは、
聖女と呼ばれたマザー・テレサという人すらも
こうした考えから無縁ではなかったということです。
最近「強さ」ということについて考え続けています。
強さのひとつのカタチは、
「自分へ向いた意識の矢印」からの解放。

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与え続けることの幸せとナイスな試練、はるかさんはきっとこの間の微妙な間隔を楽しむこむことで多くの人に幸せをshare
していかれるのではないでしょうか。
あなたのパワーとセクシーとユーモアを
いつも素敵だなあと思っているファンです!
どんなに立派なひとでも、信仰深いクリスチャンであっても
人間は人間なんですよね。完璧な人なんていない。
ただ、マザーテレサのような方が「強い」のは、
ご自分が「弱い」ということを知っていて、認めていたところだと思います。
人間は、なかなかそれを認めることが出来ないから。
考えて、楽しんで、突破して、楽しんで、ぶちあたって、また楽しんでいる
そんなはるかちゃんをいつも応援しています♪
>taeさん
「与え続けることの幸せとナイスな試練」って
いい言葉ですね。とくに「ナイスな試練」!
どういうときにも楽しめる自分であることって
とても大切ですよね!
>新歌さん
ありがとうございます!
自分の「弱さ」を知り、認めることはほんとうに
難しいことですね。
そうなって初めて強くなれる、というのも
真実だとおもいます。
わたしも、弱さをきちんと見つめられる人
になりたいです。
CDAでお世話になっております、ゆりです。
かなり以前の記事にコメントしてしまい、スミマセン。。。
マザー・テレサの祈りを読んで、とても感銘を受けました。そして自分のブログにもそのまま引用させていただいちゃいました!
事後報告となってしまい申し訳ありませんが、よろしくお願いします。どうもありがとうございましたm(__)m