(昨日の記事の続きです)
さて、路上でのファンドジング、その様子は少しお伝えできたかと
おもうのだが、さらに輪をかけてすごいのが、資金調達期間における
食・住の確保手段である。
ファンドレイジングは、ボストンやニューヨークなどの都市で行う
ことが多いのだが、その期間中のコストというのはプロジェクト予算
から出る。しかしながらその予算がありえないくらい少ない
のだ。結果として、泊まる場所はタダで貸してくれる場所を探さな
ければいけない。
オーソドックスなのは、教会、だ。
きょうびの教会は案外と冷たくて、なかなか泊まらせてくれない。
ようやくOKをもらって現地に着くと、床の上に寝袋で寝ることになる。
まぁわたしはすぐに寝られるが、そうでない人ももちろんいる。
しかもシャワーがないので、3日に一度くらいで電車にのってYMCAに
行くのである。3日連続でシャワーも浴びない、というのは初めて
だったが、とりあえずこの点に関してだけは夏でなくてよかったかも。
それから食べ物。これも、毎食何かを買って食べる、ということが
できない。じゃあ、どうすんのか?と。これは、レストランやパン屋を
めぐって事情を説明し、ちょっとずつわけてもらうのである。
中華料理屋さんとかはものすごい量のゴハンをわざわざ作ってくれ
たりして、気前のよさに感激である。
こうまでしなくても・・・とそのときはわたしも思った。
もっと頭を使ってお金集められるよね、と。
しかし、結局それは思い上がりだったことが後でわかることになる。
もちろん、一部は頭とネットワークを使って集めたのだが、
それだけでは決して気づけなかったことにたくさん気づくことができた。
路上でお金を集めているときに気づいた重大なこと。
それは、自分がいかに人を見た目で判断していたかということだ。
今から思えば恥ずかしすぎて書くのがためららわれるのだが、
最初の頃は、無意識に白人のよい身なりをした人ばかりに声をかけて
いた。多くの答えは、「時間がない、お金がない、興味がない」の
いずれか。あまりにうまくいかないので、チームでうまく集めている子
をしばらく観察していると、彼女は10人通ったら10人に声をかけている
のだ。見た目や雰囲気でフィルターするということが全くない。
そして、ちょっとマネしてやってみると、実際お金を渡すのは、
いかにも「お金持ち」的な人ではなく、ホームレスと見紛うような
身なりの人だったり、ゲイのカップルだったり、高校生の男の子
だったりすることがわかった。お財布に6ドルしか入ってないのに、
5ドルくれた学生もいた。
自分がどれくらい持っているか、ということと、
どれくらい分かち合いたいと思っているか、
ということは、まったく違うんだ。
そして、自分がいかに上っ面でたくさんのことを判断していたか、
ということを思い知らされた。
また、「寄付」ということに関する考え方も変わった。
以前は慈善や奉仕に近いイメージだったが、実際に自分で集めてみると、
むしろ寄付も消費、もしくは投資の一部であるということに気づく。
すなわち、寄付とは、
「お金で社会にインパクトを与える機会を提供する」
ことではないだろうか。
それは、実際にお金を出してくれる人の期待感や心が動いたポイントを
観察していればすぐにわかる。
自己満足だ、と。
寄付のことをどこかで否定していた自分がいた。
でも、消費と同じだと考えれば、
自己満足であることがむしろ当たり前で、なんの不思議もない。
他者の幸せと自分の満足。
それがきちんと繋がりきってこそ、持続可能な関係が築ける。
そういうことなのかもしれない。
自分が直接関われることは限られているけど、お金という形を借りることで間接的になら関わることができます。
そうゆう意味で、僕にとって寄付は投資の一種。唯一普通の投資と違うのは、その利益が社会に向いていること。
だからこそ、ただ漠然とお金を投げるのではなく、その使われ方も見守りながら投資して行きたい。
>おおたさん
そうですね、寄付は社会への投資、という
ふうにみんなが考えてくれたら一番ですね!
日曜は楽しいブログレクチャーをありがとうございました。さっそくブログをのぞいてみました。
おもしろいじゃないですかー!
僕は3カ国程住んだ事があってブラジルもそのうちの
1つです。貧富がはげしい国ですよね。
こういった世界の貧乏な人の半分を(さすがに全部はむりかな、、、と)なんとかするのが僕の夢です。
まだ何もしていません、笑。
また読みにきますね。
はじめまして。
最近ちょくちょく寄らせて頂いてます。
非常に面白く、興味深いです。
引き続き楽しみに読ませて頂きます。
寄付のことですが、その通りと思います。
寄付する時は、自分の満足を買っているんだと思います。
寄付しない時の気持ちはその時々いろいろですが、とどのつまりは、寄付をして得られる満足感とお金をだすことの価値が合致しなかったということでしょう。
ただたんに、言ってることに賛同できない場合もありますが…
トラックバック頂くかもしれません。
その場合は頂いていきますので、ご了承下さいませ。