生まれて初めて広島へやってきました。
学生時代からずっと訪れたいと思い、そして訪れることができなかった
土地へ。
私は大学時代にアメリカで「Hiroshima Nagasaki Peace Association」
という学生団体で活動をしていました。言葉の通り、平和のための活動を
する団体で、日本から原爆被災者を招いたり、原爆についてのフォーラム
をひらいたりしていました。
この活動を通して、「原爆を体験した世界でたったひとつの国の国民」で
あることを自覚することになりました。わたしは原爆を身近で体験した
わけではありません。家族や親戚の範囲にもいません。
それでも。
「日本人である」ということそのものが、
意味を持つことがあるということを知りました。
この話をアメリカでするたびに、「だって、日本政府が悪いんだろう」
とか「日本だって中国でひどいことをしただろう」とよく言われました。
そのときは、「そういうことじゃないのに」と思いながら、うまく言葉を
返せない自分がもどかしかった。
でも、今はすこしだけわかります。
被害者になりたいわけじゃない。
たぶん、日本人には、原爆を落とされたことに対して謝罪してほしいと
いう気持ちは少ない。ただ、あの忌まわしい記憶を世界から失わせること
がないように、同じ過ちが繰り返されることがないように、半ば使命の
ような気持ちから、半ば「祈り」に近い想いから「忘れないで」と
伝えたいだけなのだ、ということを。
