「答えが見つかるまで考え抜く技術」
表 三郎
【こんな人にお勧め】
「考える」ことに抵抗を感じる人。「考え抜く」なんて試したことすらない人。
【Amazonより】
考えることは誰にだってできますが、答えが見つかるまで考え抜いている人は
案外少ないのではないでしょうか。たいていの人は、考え抜くことを放棄して
しまって、途中でうやむやにしているのです。本書には、答えが見つかるまで
考え抜くために必要な、心構えと技術と知恵が凝縮されています。著者は、
駿台予備校のカリスマ名物講師として受験英語界にその名をとどろかせる
表三郎氏。
【立ち読み書評】
この本のウリである「考え抜く技術」に関してはほとんど感心しなかった。
ごめんなさい、という感じです。予備校の人気講師だったこともあるせいか、
端々からエリート意識が垣間見えて素直に読みづらい。
その中で、勇気付けられたのは、日記は思考記録であり、発想の宝庫
であるという記述。自分がつけ始めたときにこういうことを言ってもらえると
大変心強い。著者は「答えはいつでも自分の中にある」という。この言葉
をどう捉えるかは人次第なのだろうが、ひとつの考え方ではあると思った。
他人の言葉や助言でさえ、自分の中に取り込んで理解し消化するまでは
答えになることはないのだから。
最後の章で、彼はこう続ける。「夢見る、それは命がけの行為である。
命がけで夢見ない限り決して実現しない、命がけで夢見れば必ず実現
する」と。
起業のようなエネルギーを必要とするものには精神論も必要だ。
だが、精神論だけでは何も生まれない。私もそろそろ精神論から抜け出
さなくては。

私も読みました。この本を読むまでは、私は表さんの存在はまったく知りませんでしたが、まさに哲学者のような方だと思いました。
日々直面する様々な問題について、表さんはきっと際限なく深く考え、実行してこられたのでしょう。その結果、自分にとって本当に必要な「答え」は、その時々に感じる「自分」の中にあるということを悟られたのかも知れません。
確かに、書店の棚には、人生の指針を示す本は無数にありますが、それはあくまでその著者の人生経験や気付きから書かれたものであり、読んだだけでは読者のものにはなりませんからね。
結局、それをヒントにした読者が何かを実行して初めてそれは読者のものになるわけですから。
私も、日記の重要性についての内容は特に感じるものがありました。たしかに、以前からの日記を読んでみると、その中に一貫して流れる自分の考え方、今の自分を作り上げてきた出来事、いわば自分のルーツが謎解きのように解ってきます。
そしてさらには、これからの自分の生き方について、一つの確信のようなものが湧いてくるのです。
最後に表さんに聞きたいことが一つあります。
パソコンでデータベースソフトを使った日記のつけ方を具体的に教えてほしいのですが。。。
私も読みました。この本を読むまでは、私は表さんの存在はまったく知りませんでしたが、まさに哲学者のような方だと思いました。
日々直面する様々な問題について、表さんはきっと際限なく深く考え、実行してこられたのでしょう。その結果、自分にとって本当に必要な「答え」は、その時々に感じる「自分」の中にあるということを悟られたのかも知れません。
確かに、書店の棚には、人生の指針を示す本は無数にありますが、それはあくまでその著者の人生経験や気付きから書かれたものであり、読んだだけでは読者のものにはなりませんからね。
結局、それをヒントにした読者が何かを実行して初めてそれは読者のものになるわけですから。
私も、日記の重要性についての内容は特に感じるものがありました。たしかに、以前からの日記を読んでみると、その中に一貫して流れる自分の考え方、今の自分を作り上げてきた出来事、いわば自分のルーツが謎解きのように解ってきます。
そしてさらには、これからの自分の生き方について、一つの確信のようなものが湧いてくるのです。
最後に表さんに聞きたいことが一つあります。
パソコンでデータベースソフトを使った日記のつけ方を具体的に教えてほしいのですが。。。
出張先の東京で、電車の広告につられ、あちこちの本屋を探し見付けました(割と、東京駅近辺は無く、一冊だけ大丸内で)
かつて、講習を何度も受けていたのと、自分自身が壁にぶつかっており、何とか打破する方法は無いのかと模索中だったのと、とにかくすがる思いとまでは言いませんが、すぐに完読できました。
エリート意識は、駿台の有名講師であるというイメージが先行されていたのではないでしょうか?
先生自身、浪人を経験しており、その余りの情けなさをバネとして、立ち上がったと言っておられました。
彼を毛嫌いする人間、人種と言うべきでしょうか、も、多々周りにはおりましたが、大抵、自らのエリート意識が高い人間であるほど、そう思っていたようです。
せっかく、得た知識を教えようとしているのに、それをシャッターを下ろして、聞こうともしない者は馬鹿者であると言っておられました。
自分の知人(決して友人とは言うまい)も、嘘ばかりだと怒っていたんですけど、損しているなと思って見てましたが。
先生の思想の何一つ学んでいない人間ほど、彼を非難する輩が多い事も付け加えておきます。
後は、本や新聞を一切読まない勉強方法を嫌っておられました。
つまり、受験を目的とした勉強のみをすると言うやり方です。
京都では、洛南が当てはまるようで、大学に合格するのだけが目的のような方法は、一切認めておられませんでしたね。
大学で何を学ぶかを、入る時点で見失っているような人間が、一体、大学で何をするのか考えれば分かると。
あと、研究会を開いておられるはずです。また、予備校を尋ねれば、何でも教えて貰えると思います。
質問大歓迎、と公言しておられますし、恐い方でもありません(笑)
真剣にぶつかれば、それに必ず応えてくれる希有の存在の方です。