文章からなんとなく、「苦労」=「楽しくない」という
印象をうけてしまうのですが、「苦しくてもがんばって
努力する」過程だって、楽しめるものだと思います。
それは別にプロセスを犠牲にしているわけではなくて、
その最中は嫌になることがあっても、「振り返ってみる
と楽しかった」なんてよくありませんか?
「苦労」=「楽しくない」
というよりは、「そもそも苦労と感じない」
という感じ方かもしれません。
振り返ってがんばったな!と思うことって、
やっている最中には「がんばってる」とか「苦労してる」
って自分では思わなかったりしますよね。
そういうプロセスは大好きなのです。
たぶん、似たようなことを言っていると思うのですが。
危機やそれを乗り越える苦労はいつかやってきます。やってこなければいいのですが、ずっと順風満帆な人ってあまり見たことがありません。
困ったときにも相談できる確かな人とのおつきあい。経営の勉強などなど、それに備えるということは必要かもしれませんが、仕事は楽しい方がいいですね。
GO!GO!
昨日の日経夕刊の一面コラムに、寝ずにがんばっている社長の話がありました。さっとタイトル見て、もう読んでいないんですが(笑)。
ふ〜ん、ごくろうさま、って感じかなあ。必死さを相手に求める心境って、何なんでしょうね。なぜ、起業というと苦しさを前面に出さないとみんな納得しないんでしょう?20世紀からまだこれが続いています。
アメリカのまっきんぜーの人に以前会いましたが、ふつーの人でした。西海岸の社会起業のひとたち、確実に土日あそんでいます。仕事していません。ソーシャルビジネスといっても、ふつうのビジネスをふつうにやるだけ、というのがいつも伝わってきます。
日本のITベンチャーの成功者は、今みると、なんかこれまでのビジネスマンと同じような雰囲気があります。孫さんもみきたにさんも。シリコンバレーの人たちの楽しさは伝わってこないですよね。なぜ、アップルのジョブスがセクシーなのか?なぜ、アメリカの社会起業ギャザリングのコンファレンスに呼ばれるのは、ガイカワサキとか、IT系、シリコンバレー系なのか?
そして、なぜ楽しさとイノベーションがつながるのか?
日本でつきまとう、得たいの知れない暗さ?どうしてなんでしょう?どのみち、いばらなのはわかっています。小さなかすり傷はたくさんついていい。でも、どうして、求めるのが数字と必死さばかりなんでしょう?成果をだすために、じつは大事な土壌やプロセスについて、もうちょっと大事にしてもいいとおもいまーす。
人によって、必死さ、ということばで語っているものが少し違うような気もしますが・・・ やみくもに言っているのか、まだ自分にとってのゴールに対してできることがあるのに手をつけてないのか、、、 前者だったら、毎日、眠りようがないですよね!誰のために働いているんだろう?
あーたくさん書いてごめんなさい。
投稿者 のいのい : 2004年11月05日 11:10