2007年02月24日

「心のリテラシー」という考え方

「心のリテラシー」という言葉が降りてきた。

たとえば、相手の心を気遣うことができる力。
たとえば、相手の話を親身になって聴く力。
たとえば、言いたいことを適切に伝える力。
たとえば、自分のマイナス感情を受け入れる力。
たとえば、自分と相手の間に共感を生み出す力。

そんなもろもろをひっくるめて、「心のリテラシー」

自分の心と向き合う力やコミュニケーション能力は、
最初から備わっているわけではない。

それは、認識であり、知識であり、実践であり、経験だ。
そのうえ、職業や貴賎に関わらず、誰もがある程度の
レベルを期待されている。

だからこそ、「リテラシー」と呼ぶにふさわしい。

もしかして、学校でいじめの問題が起きるのは、
この「心のリテラシー」が低いからではないだろうか?

もしかして、会社でうつの人が多いのは、
この「心のリテラシー」が認識されていないからではないだろうか?

もしかして、家庭で虐待やDVが起きるのは、
この「心のリテラシー」がゆきとどいていないからではなかろうか?

日本の識字率は限りなく100%に近いけれど、
「心のリテラシー」はどうだろうか?

ひとりひとりに、十分備わっているだろうか?



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投稿者 遙 : 2007年02月24日 16:43 | トラックバック (5)
コメント

心のリテラシー。
ストンと来る言葉です。
私も思えば、この心のリテラシーを高めていきたいと、ずっと願って生きてきました。心のリテラシーがあがれば目に見える世界も異なってみえると思うし、普段見慣れていると思った世界も違った表情を見せてくれるでしょう。素敵な言葉をシェアしてくれたスコさんに感謝。

Posted by: tosh : 2007年03月02日 15:52
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