いろいろな人が悩む姿を見ているうちに、
改めて「悩む」ってなんだろうと思いました。
あーでもない。
こーでもない。
という感覚。
これって、いったいどこから来るんだろう。
おそらくですが、やはり周りの人の気持ちを気遣ったりすると、
こういう風になりがちな気がします。
だって、自分の中に答えがないから。
ある行動をとって、それが周りにどう受け止められるかとか、
どんな返事が返ってくるかとか、
結果として何が起きるかとか。
言ってみなきゃわからないし、
やってみなきゃわからない。
ある意味、シミュレーションの世界だと思うのですが、
「これはシミュレーションだ」と思ってやっているのか、
それとも「どうしよう」と思いながらやっているのかという
差なのかもしれません。
わたしの場合はどうもこのシミュレーションさえあまり
しないという傾向があります。悩む必要はないですが、
シュミレーションはもうちょっとしたほうが経営的には
よいでしょう。
また、「どうしよう」となってしまう人の場合、
自分の中でネガティブなバイアスのかかったシュミレーション
をしている場合が多いです。
ひとつひとつ可能性をすべて洗い出して、
結果を想定していく論理的なシミュレーションであれば、
「どうしよう」とはなりません。
とりわけ、洗い出している最中にひとつのアイディアに
ひっかかってネガティブ方向にひきずられたりすると
また「どうしよう」となるので、洗い出しは洗い出しと
割り切って進めること。紙にでも書き出しながらパターンを
考える。
その後で、決断のときに迷うのはある程度仕方ないのかも
しれませんが、考えうるすべてのパターンが洗い出せていると、
わりと答えはもう決まっていたりします。
「どうしよう」と迷い悩んでいるときは、
1)今できることをとりあえずやってみるか、
2)すべてのパターンをシミュレーションしてみるか、
どちらかにエネルギーを集中させるとだいぶすっきりします。
ようやく「悩み」のメカニズムが少しだけわかってきた。


↑クリックすると、今日一日セクシーでいられる!(かもしれない)