自分にとって「許せないこと」の存在を考えた。
ある人が言った。
「罪もない人を殺すなんて許せない」
別の人が言った。
「体を売るような女性がいるなんて許せない」
こういう言葉を聞いて、ずっと感じていた違和感の正体が
ようやくわかった気がする。
そうだ。どっちも他人ごとだからなんだって。
罪のない人を殺すような人間は、自分とは違う。
体を売るような女性は、早く改心すればいい。
そんなふうに、「許せない」と言っておきながら、
自分が彼らのために何かをする気はさらさらないからだ。
わたしたちが、みな同じ水槽の中で生きていることを
すっかり忘れているからだ。
そして、そういう人たちが許せないわたしもまた、
同じ水槽の中で生きている。
だから。
わたしは、
自分にとっての「許せない人」のために、何かをしたい。
体を売る女性ではなく、人を殺してしまった人ではなく、
むしろ、そういう人たちのことを許せないと言っては、
自分と区別してしまう人たちのために。
自分が、許せない、と思う誰かのために。
そして、いつの日か許せる自分に、なるために。

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