渡邉美樹さんの講演会へ行ってきました。そうです。先日本を拝読して、
前書きよりもさらに前の見返しの部分で涙を流した、、という逸話を残し
つつ、これはもうどうしてもお目にかかりたい!とエンジン全開。あっと
いう間に機会はみつかりました。
お話をうかがって、、、もうここになんて書いていいやらわからないほど
の衝撃でした。すいません、うまくかけないかも。。
はじまって5分もしないうちに、彼が口にした言葉。
それはマザーテレサが「愛の反対は無関心である」と言った話でした。
そして、人間というものは、本来冷たいものなんかじゃない。目の前に
おなかをすかせた人がいたらきっと自らの持つものを分け与えるだろう。
ところが、その人たちが見えなくなってしまっている、すなわち
関心をもつ機会がないことが問題なのではないかと。
そして。わたしたちは、今、別のステージに進むべきときに至っている。
今までは自らの欲を満たすために夢をもつ時代だった。これからは、
自分以外の他人のために欲と夢をもつ時代だと。
彼の転機は2度。一度目は母親が亡くなった時。そして二度目はほんとう
の意味で志をもった26歳の時。これまた符号があいすぎて少し気味が
悪いくらいです。
26歳のとき、すでに2店を成功させていた彼は、家や車を買おうと
思って躊躇した。そして気付いた。
コップに入った水を想像してほしい。
水はお金や欲しいもの。コップが自分自身。
そのとき、彼は今まで自分が水があふれそうになるのに対してコップを
大きくすることを考えていたことに気がついた。待てよ。本当にそれで
いいのか?
自分自身というコップを消し去るような、そんなマザーテレサ級には
なれないかもしれない。それでも、せめてコップの大きさを一定にし
続けていればいつか水があふれるはず。
そしてまわりに社員というコップがあってそこに水がたまっていく。
さらにその社員というコップから外に外に水はあふれ、いつか世界の
恵まれない子供たちにもその水が届くのではないかと。どんどん自分
のコップを小さくすることに挑戦できるのではないかと。
わたしはこれを聞いて、ああそうだと思った。
でも、もうひとつ。
コップに入った水は、きっとお金やモノだけじゃないって。コップに
満たされるのは自分自身を幸せだと思える気持ち。心の豊かさ。
どんなにお金やモノがたまっても、ほんとうの意味で満たされること
がなければコップから溢れることはたぶん、ない。
その部分は・・・彼は言葉にはしなかった。でも、そういうことが
言いたいんだってことがテレパシーみたいに伝わってきた。
心がその場で溶け合ってしまいそう。
聞いていて、彼の口から次に出てくる言葉がわかる。
一瞬前にそれらが心の中に響くような錯覚。
言葉にならない言葉すらも。
もう、すっかり思い込みまっしぐらの恋する乙女でございます。
投稿者 遙 : 2005年07月28日 16:19 | トラックバック (103)初めてコメントを書かせていただきます。
時々記事を拝見していました。
今日のお話しは、私も本当に共感しました。コップの大きさを一定に。私は知らず知らずのうちにコップを大きくすることばかり考えていたと気付きました。
素敵なお話しをありがとうございました。
エール代クリック、させていただきました!
>Hikariさま
共感してくださって、ほんとうにありがとう
ございます。
こうして、自分の心が動いた瞬間をひとりでも
多くの方にお伝えできたら、ほんとうに
幸せです。
わたしも、コップの大きさ、小さくできる
ように修行します★