世の中には「心ない人」というのがいるということにショックを受けた。
なんでこんなことをするんだろう・・・?
あきらかな確信犯。
誠実であることを、正直であることを、とても大切にしているけれど。
誰かにとってそれを踏みにじることは、いとも簡単で。
そして、それを目の当たりにしながらなにもできない自分に愕然とする。
こういうとき。
わたしの心は、「怒り」という感情よりも先に「悲しみ」に覆われる。
むかし、小学校の先生が言った。
「わたしは正直者がバカをみるのだけは許せない」
それは、とても正しくて、でもなぜかとてもかなしい。
自分が誠実に生きようと努力しているから。
自分が正直であろうと心を配っているから。
だから、そうでないひとは間違っている。
そう思えることができたなら、どんなにか楽だろう。
でもほんとうは。
完璧な誠実さなんてありえなくて。
完全な正直さなんて嘘だらけで。
だからこそ誰かのことを間違っていると糾弾すること自体が
わたしを「心ない人」にしてしまうことに気付く。
あら? RSSが見えるようになりましたね。
嬉しいっす。
先日はお忙しい中大変ありがとうございました。久しぶりにブログにも寄ってみました。ゴルフは地味でオーソドックスでそして厄介で精神的なスポーツというよりは試練の連続の中に最高の瞬間の光をみつける、そんなスポーツだと思います。 そういうスポーツ精神にのっとった行動ってビジネスも学ぶところがあると思う今日この頃。気が向いたら始めましょうね、何かに役立つかも。
Posted by: aboutG : 2005年06月15日 16:46何があったのかがわからないので何とも言えないんですが、自分が誠実にあろうとすることと、人に誠実さを求めることは別のような気がします。
僕にとっては、自分がやるべきと思うことをするのが誠実さであり、たとえ人に裏切られても、たとえ相手には思いが伝わらなくても、誠実であり続けることはできると信じてます。
だから、「完璧な誠実さなんてありえない」といいきられてしまうと、ちょっと悲しいです。
Posted by: おおた : 2005年06月16日 10:27おおたさん、
メッセージありがとうございます。
「自分が誠実にあろうとすることと、人に誠実さを求めることは別」という言葉に共感いたしました。
そうなんですよね。たしかにそのとおりです。
そして、わたしが一番おそれているのは、自分が誠実であろうとすることに慢心してしまうことなんです。誠実であろうと努力しつづけることにはなんら変わらないのですが、「完璧に誠実」と自分で思ってしまう瞬間があったとしたら、そこからなにかが壊れてしまうような気がして。。文章で書くと難しいのですが、自分を戒める気持ち、と一番近いのかもしれません。
Posted by: 遙 : 2005年06月16日 20:18わかるような気がします。(^_^)
たぶん、誠実さっていうのは、「誠実にあろうとする姿勢」そのものであり、
「自分は常に誠実である」と思ってしまうのは、どこかで
その姿勢が崩れているのかもしれませんね。
>誠実さっていうのは、「誠実にあろうとする姿勢」そのもの
こ、これだ!!!
まさにこれです、これなんです〜 ><
ようやくしっくりきました。ほんとうにありがとうございます!
正直者が馬鹿でない事を世間の大半の人達は気付かないですよね←(審美眼)が無い、乏しい人達に勝手な(間違った)判断基準を創り、勝手な偏見を持つのは凄く嫌いですし、人間として社会に共存する同士として相手にしたくないですよね。
資産家だから正しい(公正な
)考えが出来てると思うアメリカ淑女が知り合いにいますがイライラします。本当に70年も人間真面目にやってんの!って感じです!