2004年11月25日

脳内麻薬と自己陶酔

最近「自己陶酔」という言葉に2度もぶつかってドキっとした。

1度目は田坂広志さんの「風の便り」の中で「熱意の落し穴」として。
そして2度目はキャリア開発系のウェブサイトの中で。

いずれも「自分の言葉に酔ってしまうと思いは伝わらない」
ということがまったく同じ文脈で語られています。

私という存在の中に「自己陶酔」という要素は混じっているだろうか?

実は、どちらかというと生来私の中にはあまりない要素であるような
気がします。相当気楽なタチなので悲壮感に駆られたりしないし、感情
の起伏も少なくかなりドライな仕様。

しかし、表現の場となると異なります。例えばプレゼンのとき。例えば
文章を書いているとき。脳内麻薬が分泌され、ある種の陶酔状態が発現
することがある。

脳内麻薬は、エッジの効いた表現を創る上では、とても大事。なぜなら、
起こったできごとや滞留している考えを価値あるカタチで伝えるのに
必要なものだから。たとえ同じできごとにぶつかっていても、そこに
付加価値や自分の感受性を加えて魅力的な伝え方ができるかどうかは
この脳内麻薬が左右する。そんな気がする。

ところが、この脳内麻薬、たくさんとりすぎると「自己陶酔」の域に
達してしまうのです。気がついたら、中身のないものを飾り立てている
自分がいたのでは冗談になりません。

本質を表現することはとても大事だ。
でも、表現が本質を凌駕することは決してない。

肝に銘じたいと思います。

[どうか★応援してね★]

投稿者 遙 : 2004年11月25日 20:54 | トラックバック (6)
コメント

むむむ、深い!!!

表現が本質を凌駕することはない。

なるほど、

本質的なものの前に表現は表現を放棄しなければならないんですね。じゃないと、本質さが見え難くなってしまう。

勉強になりました。

宏彰

Posted by: 宏彰 : 2004年11月26日 11:09
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