ものすごい言葉に出会ってしまいました。
『先進国に住む私たちの心の飢餓が世界の飢餓をつくり出している』
かのマザー・テレサの言葉ですが、ここまで自分の思いを端的に表す
言葉に出会ったのは初めてです。まさに、私がリアルタイムで感じ
ていることであり、そして自分の人生をかけてなんとかしたい!と
思っていることそのもの。
この言葉に感動し、ちょっと彼女のことを調べたところ、カトリック
中央協議会のサイトに彼女のエピソードが掲載されていましたので
引用します。
1981年にマザーの精神に生きる3人の修道女を招くことができました。
以来日本の3か所で、約15人の修遺女たちが奉仕活動をしています。
初めて日本を訪れたマザー・テレサの言葉を今でも鮮明に覚えています。
「日本に来てその繁栄ぶりに驚きました。日本人は物質的に本当に
豊かな国です。しかし、町を歩いて気がついたのは、日本の多くの
人は弱い人、貧しい人に無関心です。物質的に貧しい人は他の貧し
い人を助けます。精神的には大変豊かな人たちです。物質的に豊か
な多くの人は他人に無関心です。精神的に貧しい人たちです。愛の
反対は憎しみとおもうかもしれませんが、実は無関心なのです。
憎む対象にすらならない無関心なのです。」
「無関心の暴力」
そんな言葉が頭をよぎりました。
自分自身が今まで生きてきたなかで、どれだけこの暴力を行使して
きたことか。自分の生活を支えているあらゆる人たちから恩恵を受け
ながら、それに気付こうともしなかった。
また、この無関心の暴力は、必ずしも先進国の人→途上国の人に向け
られるものではありません。それは、まさに自らのすぐ横に今存在す
るのです。
マザー.テレサの生き方は今では世界の多くの人に知られており、
彼女の主な奉仕の場であるカルカッタには、世界中からたくさんの
見学者、ボランティアが訪れています。その人たちの多くは「マザー、
私たちは何をしたらよいでしょうが」と質問するそうです。多少「少し
手伝ってください」という答えを期待しての質問かもしれませんが、
マザーは決まったように、次のように答えるそうです。「皆さんは
すぐにお国にお帰りなさい。そして皆さんの最も近いところから愛の
行為、人を大切にすることを始めてください。愛は最も近いところ
から始まるのです」と。
「無関心の暴力」や「心の飢餓」は、グローバルなレベルで始まる
のではありません。それは、まさに今、ここで、わたしたちの目の
前で起こっています。
そのことに、気付いて欲しい。
そしてそれに気がつくだけでなく、その暴力を勇気をもって克服し、
心の飢餓を満たすためにひとりひとりが自分にできることを楽しく
実行できる世界を、そんな文化を創る。
それが私の人生の目的。
それが、私という人間がこの世界に生まれ、たくさんの愛とたくさ
んの知恵をたくさんの人たちから授かってきた理由。
そして、それが、今、私が、この時代に、この場所で、生きる意味。
投稿者 遙 : 2004年03月11日 09:18 | トラックバック (5)はじめまして。
虐待の4つの定義はご存知ですか?
東京都福祉局のページです。
http://www.fukushi.metro.tokyo.jp/event/hakusho/0/02.htm
愛の反対はネグレクト=無関心ということはずっと前から知っていましたが、
質問に繋げようとしましたが、いまは無理のようです。いずれまた。
Posted by: yasu : 2004年03月13日 23:48